セキュリティトークンを一言で言うと
「株券や不動産の権利を、法律に準拠したままブロックチェーン上に移植したもの」だ。
ビットコインのような価格変動型の暗号資産でも、NFTのような所有権証明でもない。セキュリティトークンの本質は、すでに価値が証明された実物資産——不動産・社債・未上場株・ファンド持分——をデジタル化して、小口化・自動化・24時間取引可能な状態にする、金融インフラの再設計である。
そして現在、この市場はすでに「議論の段階」を超えている。日本国内だけで発行累計額は2,800億円を突破し、世界ではBlackRockが18億ドル超の運用残高を持つトークン化ファンドを動かしている。規制当局・大手金融機関・機関投資家が本格的にコミットした、実用フェーズの話だ。
セキュリティトークンの意味を初心者向けにわかりやすく解説
「セキュリティ」は安全ではなく「有価証券」のこと
英語の Security には「安全」と「有価証券」の2つの意味がある。セキュリティトークンの「セキュリティ」は後者——株式・社債・不動産信託受益権のような、法律上の権利を持った証券のことだ。
つまりセキュリティトークンとは、有価証券(=法的な権利)をブロックチェーン上のデジタルデータとして発行したものを指す。
日本の法律上の正式名称は「電子記録移転有価証券表示権利等」(金融商品取引法、2020年5月施行)。この法律の施行によって、セキュリティトークンは単なるデジタルデータではなく、株や債券と同じ「有価証券」として扱われることが明確になった。
STOとは何か
STO(Security Token Offering)とは、セキュリティトークンを発行することで投資家から資金を調達する行為のこと。企業が新株を発行してIPOで資金を集めるのと同じ仕組みを、ブロックチェーン上で行うイメージだ。
ビットコイン・NFTとの違いを一言で
| 種類 | 裏付け | 法的地位 | 価値の根拠 |
|---|---|---|---|
| ビットコイン | なし | 暗号資産 | 需給 |
| NFT | コンテンツの所有権 | 法的に曖昧 | 希少性・人気 |
| セキュリティトークン | 実物資産・有価証券 | 金融商品取引法上の有価証券 | 資産の価値・配当・利息 |
ビットコインには株主権も配当もなく、価値は需給だけで動く。NFTはデジタルコンテンツの「所有権証明」だが、法的な金銭的権利は保証されない。セキュリティトークンは「裏に実物資産があり、法律上の権利が付いている」点で根本的に異なる。
なぜセキュリティトークンは生まれたのか——市場の問題点と従来技術の限界
問題①:不動産や未上場株は「そもそも売れない」構造だった
不動産を例にとる。1棟のビルに投資するには数億円が必要で、売りたいと思っても買い手を探すのに数ヶ月かかる。法律上の権利移転には登記手続きが必要で、そのコストも馬鹿にならない。
証券化(REITなど)によって小口化は進んだが、上場REITは株式市場と連動しすぎて「不動産への直接投資」とは性質が変わってしまう。私募REITは流動性が極めて低く、換金するタイミングが限られる。
結果として、「一棟物件を持ちたいが億円単位は無理」「流動性が欲しいが上場REITの株価連動は嫌」という投資家ニーズは、長年満たされてこなかった。
問題②:ICOの失敗が「規制なきデジタル証券」の限界を証明した
2017〜2018年にICO(Initial Coin Offering)ブームが起きた。ホワイトペーパー一枚でトークンを発行し、世界中から資金を集められる仕組みは革新的に見えたが、制度や法律が十分に整備されておらず、詐欺被害が多発し、投資家保護の観点から大きな問題を生んだ。
この失敗が市場に教えたのは、「ブロックチェーンの技術は有効だが、法的裏付けのないトークンには機関投資家は動けない」という現実だった。ICOの失敗があったからこそ、「規制に準拠した上でデジタル化する」セキュリティトークンという設計思想が生まれた。
問題③:証券発行インフラのコスト構造
日本では証券保管振替機構(ほふり)が証券を集中管理する仕組みが長年続いてきた。社債1本の発行でも、引受・登録・決済に多くのコストと時間がかかる。このコスト構造が「小口の商品を個人に届けにくい」という問題の根本にある。
スマートコントラクトを使えば、発行・配当支払い・投資家管理が自動実行できる。中間業者の役割を圧縮できれば、発行コストが下がり、小口化がコスト的にも成立するようになる。
なぜセキュリティトークンは重要なのか——投資家・市場・技術・国家それぞれへの影響
投資家への影響:「機関投資家専用の商品」が個人に届くようになる
従来、機関投資家向けの私募ファンドは最低投資額が数千万〜数億円で、個人には構造的に接点がなかった。セキュリティトークンの小口化機能によって、このバリアが崩れる。
不動産STは1口10万円〜数十万円から購入できる商品が増えており、「1棟物件のオーナーと同じキャッシュフローを小口で得る」体験が可能になりつつある。ただし小口化イコール低リスクではない点は後述する。
市場への影響:流通市場の誕生が「本当の流動性」を生む
発行(一次市場)だけでなく、投資家同士が売買できる「二次流通市場」の整備が進んでいる。2023年12月より、大阪デジタルエクスチェンジ(ODX)にSTの二次流通市場「START」が開業し、現在7銘柄が取り扱われている。
流通市場が整うことで、セキュリティトークンは「持ち続けるしかない資産」から「必要なときに換金できる資産」へと変わる。これは不動産投資家にとって、従来のREITでも一棟物件でもなかった選択肢になる。
技術への影響:スマートコントラクトが中間業者を圧縮する
配当支払い・KYC(投資家確認)・譲渡制限の適用——これらが従来は人手と書類で管理されてきたが、スマートコントラクト(自動実行されるプログラム)によってコード上で完結するようになる。
「適格投資家以外へは譲渡できない」という法的制約も、コードに組み込めばシステムが自動で弾く。人的ミスや管理コストが構造的に削減される。
国家・規制への影響:「デジタル証券の制度設計」を巡る国際競争
IOSCOは、世界各国の証券規制当局が加盟する国際機関で、DLT(分散型台帳技術)に注目し、国際的なルール整備に向けて動き出している。これは各国が「デジタル証券を自国の法制度にどう組み込むか」という競争に入ったことを意味する。
先行した国が国際的な決済・資金調達のハブになれる。日本が2020年に金融商品取引法を改正してセキュリティトークンに法的地位を与えたのも、この競争における先手の一手だ。
セキュリティトークンはどう使われているのか——実例とプロジェクト
日本の実例:不動産STが市場の9割近くを占める
日本では不動産STが主流だ。2024年のST発行累計額は1,486億円超、新規発行額は675億円に達した。現在の市場は不動産STが件数で75%、金額で89.5%を占め、発行体はケネディクスと三井物産デジタル・アセットマネジメントの2社が市場を牽引。販売面では野村證券と大和証券が大型案件を中心に扱っている。
なぜ不動産に集中するかというと、不動産は「資産価値が比較的安定していて、キャッシュフロー(賃料収入)があり、小口化のニーズが明確に存在する」資産クラスだからだ。ST化による恩恵が最もわかりやすく出る。
2025年の動き:インフラ・航空機・海外不動産へ
令和7年度税制改正大綱により、これまでトークン化が難しかった動産(インフラや航空機等)・出資持分(VCファンドの持分等)・海外アセット(米国不動産等)に係る制度的障壁が取り除かれた。2025年の新規発行額は前年比2.9倍の1,925億円まで拡大する見通しで、市場の対象資産が一気に広がる局面にある。
世界の実例:BlackRock「BUIDL」——機関投資家向けトークン化MMF
グローバルで最も注目を集めた事例がBlackRockのBUIDL(BlackRock USD Institutional Digital Liquidity Fund)だ。
2024年3月にイーサリアム上でローンチ。米国債などの安全資産を裏付けとするトークン化MMFで、主に機関投資家を対象としている。ローンチから1ヶ月足らずで残高が400百万ドル近くまで急増し、現在の運用残高は18億ドル(約2,800億円)超。2025年12月時点で累計配当額は1億ドルに達した。
注目すべき点は、BUIDLが単なる「ファンドのデジタル化」ではなく、2025年5月にはAvalanche上でDeFiプロトコルと接続し、機関投資家向け資産が分散型金融のインフラに乗るという、次の段階に踏み込んでいることだ。
各国の状況比較
米国・シンガポールでは未上場株式やVC/PEファンド・不動産ファンドのST化案件が多く、欧州・香港では主に金融機関が発行する機関投資家向け社債STが主流となっている。市場のニーズが異なるため、同じ「セキュリティトークン」でも国ごとに発達する資産クラスが変わっている。
セキュリティトークンの問題点とリスク——現時点で知っておくべき現実
リスク①:「小口化=低リスク」ではない
セキュリティトークンの説明で「小口から投資できる」という文脈が多いが、小口化はあくまでアクセスのハードルを下げるだけで、資産自体のリスクは変わらない。不動産STであれば、対象物件の空室リスク・地価下落・金利上昇の影響をすべて受ける。
借入を活用している商品の場合、契約上の制限事項等に抵触すると配当停止や資産を廉価で失う損失につながる可能性もある。「1口10万円で不動産投資」という表現に引っ張られて、リスク感覚が狂いやすい点に注意が必要だ。
リスク②:流動性リスク——「いつでも売れる」は幻想になりうる
一部のSTOについては投資家が集まらず流動性が低くなる可能性があり、売りたい時に現金化できない、あるいは希望する価格で取引できないリスクが存在する。「二次流通市場がある」と言っても、現時点でSTARTが取り扱う銘柄は7銘柄に限られており、上場株式と同水準の流動性を期待するのは現実的ではない。
「ブロックチェーン上で24時間取引できる」という技術的な可能性と、「実際に市場参加者がいて売買が成立する」という現実は別物だ。
リスク③:法律と技術のズレ——「トークンを持つ」と「権利を持つ」は別
ブロックチェーン上の取引と実体法上の権利移転を当然に結び付け、対抗要件を具備させる法的規定は、現状どの権利についても存在しない。つまり、トークンが移転しても、法律上の権利がどう動くかの解釈は、依然として法律専門家の判断に委ねられている部分がある。
発行プラットフォームが廃業した場合や、スマートコントラクトにバグがあった場合に、自分の権利をどう証明・回収するか——この問いに対して、現時点で明確な法的答えが完全に整っているとは言えない。
リスク④:情報開示の不足
投資判断に必要な情報が十分に開示されていないSTOも存在するため、投資初心者にはハードルが高い。上場株式には有価証券報告書・四半期報告書等の開示義務があるが、私募型STOにはその水準が届かない案件も多く、投資判断材料が限られる。
リスク⑤:プラットフォームリスク
ブロックチェーン技術やプラットフォームの運営の不確実性に伴い、買付・売却の受渡し・分配・償還の支払い等が遅延するリスクがある。基盤となるブロックチェーンのアップグレードや、運営会社の事業継続性の問題は、従来の証券にはなかった新たなリスク要素だ。
セキュリティトークンの今後——市場・規制・AI・国家戦略の交差点
方向性①:市場規模の拡大と資産クラスの多様化
2025年の日本市場は新規発行額が前年比2.9倍の見通しで、税制改正によりインフラ・航空機・海外不動産へと対象資産が広がる。プラットフォーム間の競争も活発化しており、プログマ(Progmat)・BOOSTRY・Securitize Japanの3社が案件数・仲介者数を競い合う状況になっている。
市場が成熟するにつれて「不動産ST一強」から、インフラファンド・プライベートクレジット・アート・知的財産権など、より多様な資産クラスのST化が進む。
方向性②:機関投資家主導の金融インフラ化
BlackRockのラリー・フィンクCEOは2025年10月、資産のトークン化を同社の次なる成長戦略の核に据えると明言した。世界最大の運用会社(運用資産10兆ドル超)が明確に舵を切ったという事実は、他の機関投資家の追随を促す。
機関投資家がセキュリティトークンを「使う側」になると、流動性・規制対応・カストディ(資産管理)のインフラ整備が一気に加速する。個人投資家にとっての市場環境も、この波に乗って整備されていく。
方向性③:DeFiとの融合——「規制された証券」が分散型金融に接続される
BUIDLがAvalanche上のDeFiプロトコルと接続したことは、従来の金融とDeFiの間にあった「規制の壁」が融解し始めていることを示す。
セキュリティトークンがDeFiの流動性プールに組み込まれると、担保として使われたり、他のトークンと交換されたりするユースケースが生まれる。「規制に準拠した証券」と「許可なく誰でも参加できるDeFi」が接続されることで、金融の仕組み自体が再設計される可能性がある。
方向性④:CBDC・ステーブルコインとの三位一体
国家が発行するデジタル円(CBDC)・民間が発行するステーブルコイン・セキュリティトークンの3つがブロックチェーン上でシームレスにつながれば、証券の発行から配当の受け取りまでがオンチェーンで完結する金融インフラが完成する。
STとステーブルコインを組み合わせた取引が、機関投資家向けの私募商品として始まる見込みも出ている。円建て決済をデジタル円で行い、証券の権利移転もオンチェーンで記録する——この構造が整えば、証券会社・銀行・信託の役割の一部がスマートコントラクトに置き換えられる。
方向性⑤:国家戦略としての制度競争
IOSCOが国際的なルール整備に動いている事実が示すように、セキュリティトークンの制度設計は「各国がどの市場に資本を集めるか」という国家戦略の問題でもある。
先行した法制度を整えた国が、デジタル証券の発行・決済・運用のハブとなれる。日本の金融庁が2020年の改正金融商品取引法以降、段階的に制度を拡充し続けているのは、この競争に参加し続けるための対応だ。
関連用語
STO(Security Token Offering)
セキュリティトークンを発行して投資家から資金を調達すること。IPO(新株公開)のデジタル版に相当する。→ STO完全解説記事へ
RWA(Real World Asset)
不動産・債券・コモディティなど「現実世界の資産」をブロックチェーン上でトークン化すること。セキュリティトークンはRWAの代表的な形態。→ RWAとは何か
スマートコントラクト
ブロックチェーン上で「条件が満たされたら自動実行される」プログラム。セキュリティトークンの配当支払い・譲渡制限・KYC確認などを自動化する技術基盤。→ スマートコントラクト入門
ICO(Initial Coin Offering)
2017〜2018年に流行した、法的裏付けのないトークン発行による資金調達。詐欺被害が多発したことでセキュリティトークン(規制準拠型)が生まれる契機となった。→ ICOとSTOの違い
DeFi(分散型金融)
管理者なしにスマートコントラクトで動く金融サービス。BlackRockのBUIDLがDeFiプロトコルに接続したことで、規制証券とDeFiの融合が始まっている。→ DeFi基礎知識
ステーブルコイン
価格が法定通貨(ドル・円など)に連動するよう設計された暗号資産。セキュリティトークンの決済手段として組み合わせられる。→ ステーブルコイン解説
電子記録移転有価証券表示権利等
日本の金融商品取引法上でセキュリティトークンに与えられた正式な法律上の名称(2020年施行)。→ 金商法改正とSTの関係
REIT(不動産投資信託)
不動産を証券化した従来型の金融商品。セキュリティトークンと比較される存在で、上場REITは株価と連動しやすい点がSTとの違い。→ 不動産STとREITの比較