Pi Networkを暗号資産投資の対象として評価するとき、多くの分析がつまずくのは、これをEthereumやSolanaと同じ「高性能L1の競争」の文脈に置こうとする点にある。Piはその土俵に立っていない。技術的にはStellar Consensus Protocol(SCP)のフォークであり、TPSやスケーラビリティで勝負するプロジェクトではない。Piの本質は、約1,800万人というKYC済みのリテール基盤——つまり巨大な「在庫」——を、価格と実需にどう転換するかという、需給と流動性の問題に集約される。
この記事では、その需給構造を軸に、なぜPIの価格がこうなっているのか、誰が何のために保有し売却しているのか、そして他のL1と比較したときに何が決定的に違うのかを、投資家の視点から分解する。
Pi Networkが市場で置かれている特殊なポジション
2026年5月時点で、PIの時価総額はおよそ15.7億ドル、ランクは55位前後に位置している。Open Mainnet稼働が始まった2025年2月のピークから、価格はおよそ91%下落した。この下落は単なる弱気相場の産物ではなく、Piの設計そのものから導かれる構造的な結果である。
Piが他の暗号資産と一線を画すのは、配布方法にある。PoWのようなハードウェア競争を排し、スマートフォンアプリ上の「マイニング」——実体は1日1回のタップと紹介ネットワークの構築——によってトークンを配った。最大供給は100億PI、このうちコミュニティに80%、コアチームに20%が割り当てられ、コミュニティ分の65%がマイニング報酬に充てられる構造になっている。
つまりPiは、上場以前から数億単位のトークンが「すでに誰かの手に渡っている」状態でスポット市場に登場した。一般的なトークンが取引所上場とTGE(トークン生成イベント)を同時に行うのに対し、Piのトークンは何年もの間モバイルマイニングで生成され、その後メインネットに移行された。「リリース」とは、それらのトークンが外部に移転可能になった瞬間を指していた。この時間差が、後述する売り圧の根源になっている。
なぜEthereumの問題ではなく「配布の不平等」を起点にしたのか
Piの設計思想を理解するには、「Ethereumのどのスケーラビリティ問題を解いたか」という問いを一度脇に置く必要がある。Piが攻めたのはEthereumの技術課題ではなく、暗号資産における富の配布構造そのものだった。初期参入者、資本家、専門のマイニング業者にトークンが集中する——この不平等への対抗として、「スマホで誰でも参加できる」という設計が生まれている。技術的な発想の系譜としては、むしろBitcoinのPoWが抱えるエネルギー消費と参入障壁への反発に近い。
2019年、スタンフォード発のNicolas KokkalisとChengdiao Fanがこのプロジェクトを立ち上げた。ICOバブル崩壊後で、「リテールが置き去りにされた」という不満が市場に溜まっていた時期である。Piはその不満を吸収する形で会員を増やし、長期間にわたってEnclosed Mainnet(外部送金を禁止した閉鎖網)の状態を維持した。2025年2月20日にOpen Mainnetが稼働するまで、実質的に流動性ゼロのまま運営されていたという点は、暗号資産の歴史の中でも極めて異例の運営形態だった。
この「閉鎖期間の長さ」が投資家心理に与えた影響は二重だ。一方では希少性と期待の演出として機能し、他方では換金できないトークンを抱えた数百万人の保有者を生み出した。彼らが一斉に出口を探したのが、Open Mainnet後の下落局面である。
技術構造:SCPフォークとEVM非互換という選択
Piのチェーンは、SCPをフォークした単一チェーンである。シャーディングは採用しておらず、並列実行も主たる設計思想ではない。スケーラビリティはSCPの軽量性に依存しており、ここを競争優位として語るのは実態に合わない。Stellar、Solanaをはじめ、低コスト・高速を謳うチェーンは数多く存在する。
コンセンサスはPoSでもDPoSでもなく、Federated Byzantine Agreement(FBA)に基づく。エネルギー集約的なマイニングを不要とし、コミュニティが選んだ信頼ノードがトランザクションを検証する仕組みだ。この設計により、一般ユーザーが標準的なノートPCやデスクトップでNodeやSuperNodeを運用でき、消費電力と参加障壁を下げている。
技術面で投資家が押さえておくべきは、スマートコントラクトの扱いと、EVM互換性を巡る判断である。Piは長らくスマートコントラクトに対応していなかったが、2026年のPi Dayに稼働したv23.0で、WASM上で動作するRustベースのスマートコントラクトを導入した。これはStellarのSorobanフレームワークに類似した構造で、サブスクリプション契約、エスクロー契約、NFT関連契約をサポートする。
ここで決定的なのは、PiがEVM互換を意図的に拒否している点だ。EVM互換は多くの新興チェーンの標準的選択肢で、既存のSolidity資産とEthereumの開発者ツールをそのまま流用できる。Piはこれを採らなかった。結果として開発者は新しいツールとフレームワークの習得を強いられ、EVMベースのプラットフォームとの相互運用にはブリッジやミドルウェアが必要になる。SolanaやAptosが直面する開発者オンボーディングの摩擦を、Piはさらに重い形で抱え込んでいる。これは「思想的な独立」と「開発者獲得コスト」のトレードオフであり、エコシステムの成長速度に直接効いてくる。
エコシステムの数字が示す「人数と実需の乖離」
Piのエコシステムを数字で見ると、典型的な乖離が浮かび上がる。KYC済みユーザーは1,810万人、うち1,670万人がメインネット移行を完了している。一方で、2025年のハッカソンでは215を超えるアプリが提出されたが、2026年3月時点でその大半は実験段階にとどまり、ユーザー採用は限定的だ。ネイティブDEXである「Depth Exchange」はAMMプールで稼働しているものの、投資判断に足る規模のTVLは確認できない。
このTVLの薄さこそ、EthereumやSolanaとの最も明確な差である。これらのチェーンでは、TVL、DEX出来高、アクティブアドレスといった指標がオンチェーンの実需を直接反映する。Piの場合、1,800万という数字が示すのはユーザー登録数であって、資本がチェーン上で運用されている度合いではない。アプリの数ではなく持続的なDAU(デイリーアクティブユーザー)こそが、エコシステムの実態を測る指標になる。
誰が保有し、誰が売っているのか
Piの利用者層を冷静に見ると、現状は圧倒的に「マイナー出身の保有者」で構成されている。DeFi、NFT、GameFiの本格的な利用者は薄い。これがPiの中核的な弱点を生んでいる。1,800万という数字の大半は、無料で配られたトークンを換金したいリテール層であり、初期マイナーの高い割合が換金を狙うこと自体が、持続的な下落圧力の源泉になっている。
トークンの保有構造も価格に効いている。供給の大半はPi Foundationのウォレット——流動性リザーブを含む——に保有されており、一方で取引所上に存在するPIは総供給のごく一部にすぎない。PiScanのデータによれば、取引所上のPI供給は4億3,600万トークンを超え、これは総供給の3.4%程度に相当する。取引所上の供給が限定的であることは、裏を返せば価格操作のリスクを高め、OTC取引が価格形成に影響を及ぼす余地を残している。
二重価格構造:あなたが見ているのは何の価格か
Piを分析するうえで他のL1にほぼ存在しない論点が、同一のPIに対して複数の価格が並存する点である。投資家が目にする「Pi価格」が、実際には何の価格なのかを区別できないと、判断を大きく誤る。
歴史的に、この乖離は極端だった。OKXでスポット取引が始まる前、BitMart上のIOU(I Owe You、将来の本物のPIを表す約束手形的な金融商品)は200ドルから40ドルの範囲で取引されていた。ところがOKXのスポットは2.2ドルで取引を開始し、その後1ドルへ急落した。IOU価格は実需を反映しておらず、本物の流動性が導入された瞬間に、買い手が投機的なIOU価格に追随しなかったことが、この乖離の正体である。
現在も取引活動の多くは、完全なオープンメインネットの流動性ではなく、IOUと限定的な取引所ペアを反映している。CoinGeckoはこのIOUについて、取引所間で移転できない可能性があり、循環供給が報告されないため時価総額データも算出できないと注記している。投資家にとっての実務的な含意は単純で、IOUの建値は「移転と出金を書面で確認できるまでは参考情報にすぎない」ということだ。SNS上のチャート画像やTelegramのIOU急騰スクリーンショットは、しばしば新規の買い手を引き込むための材料として機能してきた。
紹介ネットワークとMLM論争が「1,800万」の質を左右する
エコシステムの「1,800万人」という数字を投資家が評価するには、そのユーザーがどう獲得されたかという構造分析が欠かせない。Piの成長は紹介によって駆動されてきた。直接招待によってマイニング率が上がり、Security Circle(信頼する連絡先のグループ)とチームマイニングが報酬を増幅させる。このSecurity Circleとアップライン・ダウンラインの関係は、MLMの分岐ツリー構造に類似していると批判されてきた。2023年7月には、中国・衡陽市の当局がPiをピラミッドスキームに分類したと報じられている。
これに対しPi側は、構造の違いを明確に反論している。参加に金銭投資は一切不要であり、紹介は単一レベルで機能する——招待者と被招待者の2者のみが共同マイニングの恩恵を受け、報酬が多階層に流れることはない、という主張だ。紹介ボーナスは両者が同時にマイニングしている場合にのみ25%の報酬増として適用される。従来のMLMが多段階に手数料を流すのに対し、Piの設計はこの点で異なるというのがコアチームの立場である。
この論争が投資判断にとって持つ意味は、評判リスクそのものよりも、ユーザー基盤の「質」に関わる点にある。1,800万人が本物の経済的需要を表すのか、それとも報酬目当ての登録が積み上がった数字なのか——この問いの答えによって、エコシステムの将来的な収益化能力の見積もりは大きく変わる。
コンセンサスは分散的か:方式と実態のギャップ
FBAという方式自体は、理論上は分散的な合意形成を可能にする。しかし「方式が分散的であること」と「ネットワークが実際に分散していること」は別の問題だ。複数の分析が指摘するのは、分散化を掲げる一方で、メインネットのバリデータが事実上Piコアチームによって運用されているという実態である。これが事実であれば、コンセンサスモデルへの信頼を損なう要因になる。
加えて、KYCが必須である構造は、中央集権的なユーザーデータの保存を伴う。Piは2026年に第三者を経由した不正アクセスを開示しており、二要素認証に紐づくユーザーのメールアドレスと電話番号が露出した。コアチームは秘密鍵とユーザー資金は無事だったと説明し、インフラの移行と関係先への法的措置で対応している。投資家が評価すべきは、巨大な個人情報の集積が、資産であると同時にカウンターパーティリスクとセキュリティリスクの源泉でもあるという二面性だ。
KYC基盤が資産であり、同時に足枷でもある理由
Piの将来性を語るとき、しばしば1,750万規模のKYC済みユーザー基盤が独自の強みとして挙げられる。広告ネットワークとして、あるいは規制対応資産を発行するプラットフォームとしての土台になりうる、という論理だ。技術的優位ではなく、この検証済みの実ユーザー数こそがPiの唯一かつ最大の差別化要因である点は、競合構図を見るうえで外せない。
ところが同じKYC基盤が、上場を妨げる要因にもなっている。取引所側が求める必須のKYB(Know Your Business)検証は、Binanceをはじめとするtier1プラットフォームへの上場の大きなハードルになっている。Open Mainnet稼働から14か月以上が経過してもtier1未上場であるという事実は、Piの現状を分析するうえで最も重要な単一の論点だ。Coinbase、Binance、Krakenがいずれもリストを見送り続けている理由は、両者から透明に開示されてはいないが、規制上の分類の不確実性、トークノミクスへの懸念、KYC枠組みと取引所のコンプライアンス要件との整合性などが推測されている。
つまりPiの最大の資産は、それ自体が最大の足枷を兼ねている。検証済みユーザーの規模が収益化の源泉になりうる一方で、そのKYCの仕組みと運営の不透明さが、流動性を解放する唯一のカタリストである上場を遠ざけている。投資家心理がこの一点に張り付くのは、構造的に避けられない。
資金フローの非対称:流出が流入を上回る設計
Piの価格を理解するうえで最も分析的に重要なのは、流入よりも流出と需給の非対称である。流入側のドライバー——エコシステム拡大、スマートコントラクト解禁、創業者のConsensus 2026登壇といったナラティブ——は、いずれも弱い。対して流出側は構造的で強い。
月間のインフレを需要が吸収できるかが鍵になるが、月間174百万トークンというインフレ規模に対し、需要の成長がそれを上回るかは見通せない。2026年には12.1億トークンのアンロックが予定されており、これが既存の下落トレンドに売り圧を上乗せする。さらにメインネット移行の進捗そのものが供給圧の源泉になっている——移行が進むほど、これまで動かせなかったトークンが取引所に流れ込み、新規の売却余地が生まれる構造だ。市場のコンセンサスは割れており、インフレ的なトークノミクスと遅い実需の展開に対して、市場は冷静化している。
この需給構造ゆえに、Piで監視すべき最重要指標は取引所へのネットフローになる。取引所外への継続的な蓄積は将来の効用への期待を示唆し、逆に取引所残高の増加はさらなる売り圧の前兆となる。標準的なL1で重視されるTVLやステーキング率よりも、このフロー指標の優先度が高いのがPiの特異性である。
開発の現状と、透明性を巡る評価の分裂
開発はコアチーム(Kokkalis、Fan)が主導し、2026年のConsensusに創業者が登壇した。資金面では、Piは典型的なVCラウンドを経ていない。無料配布モデルゆえにVCの売り圧が存在しないという利点がある反面、外部資本による規律や監査のプレッシャーが弱いという裏面も併せ持つ。
最新の開発動向としては、強制アップグレードが連続している。2026年5月のv23でフルスマートコントラクトを導入し、6月2日のv24.1、6月18日のv25、6月22日のv26とスケーラビリティ・セキュリティの改良が続いた。Testnet上ではPiRC2としてサブスクリプション型スマートコントラクトを導入し、外部監査が進行している。PiRC1ではより厳格なトークン作成基準の導入が検討されており、投機的な活動を抑制する狙いがあるとされる。
ただし開発の透明性に対する評価は分裂している。批判側は、不透明な開発タイムラインと、トークノミクスを詳述する公開監査済みホワイトペーパーの欠如を指摘してきた。Bybit創業者のBen ZhouはPiを公然と「詐欺」と呼び、中国警察の警告を引用した経緯がある。これらは詐欺の立証というより、ガバナンスと戦略に対する批判という性格が強いが、tier1上場の判断に影響している以上、投資家にとって無視できる要素ではない。コミュニティ内部でも、開発ペースへの不満が定期的に噴出している。
投資家がPiで実際に見るべき指標
Piを評価する際、標準的なL1の指標セット——TVL、DEX出来高、ステーキング率——をそのまま当てはめると判断を誤る。Piでは需給と上場に関わる指標が支配的だからだ。
最優先は取引所ネットフローである。トークンが取引所外へ蓄積されているのか、それとも流入して売り圧に変わっているのかが、価格の方向を最も直接的に示す。次にtier1上場の有無と進捗——これがPIを再評価させる唯一のカタリストである以上、ここの変化は他のどの材料よりも価格弾性が大きい。三つ目に、月間インフレと流通供給の圧縮速度。100億の最大供給に対し流通はおよそ8.2億で、希薄化の進行ペースが価格の上値を規定する。四つ目に移行の進捗で、実効供給はKYC完了と移行の進み具合に依存するため、移行ペースは実質的に新規売り圧のペースと同義になる。最後に、アプリ数ではなく持続的なDAUと実需取引——Depth Exchangeの実出来高がその代理変数になる。
これらの指標が示すのは、Piが「技術で勝つL1」でも「TVLで勝つL1」でもなく、巨大なユーザー数を抱えながらそれを需要に変換できていないネットワークだという構図だ。投資家にとっての論点は一貫して二つに絞られる。1,800万という在庫を本物の需要に転換できるか、そしてtier1上場とインフレ吸収のレースをどちらが先に制するか。この二点の進捗を追うことが、Pi Networkというアセットを評価する実務そのものになる。
本記事は事実関係の整理と市場構造の分析を目的としたものであり、投資助言ではありません。暗号資産投資はご自身の判断と責任で行ってください。