Pendleは暗号資産の債券市場になれるのか:利回り分離プロトコルの市場構造とトークン経済を投資家視点で分解する

Pendleを「利回りを取引できるDeFi」と一行で片づけると、この案件の投資妙味も落とし穴も見えなくなる。本稿はPT/YT分離という機構そのものよりも、なぜこの市場が成立し、どこに資金が流れ込み、トークン保有者が何を賭けているのかを、2026年6月時点のオンチェーン数値を起点に分解する。価格予想はしない。代わりに、Pendleという市場の構造的な強さと脆さの所在を特定する。

目次

PendleはDEXではなく金利デリバティブの取引所である

最初に誤解を解いておく必要がある。PendleはAMMを持つが、Uniswapのような汎用スワップ場ではない。扱う資産は満期を持ち、時間とともに価値が確定的に変化するPT(元本トークン)とYT(利回りトークン)であり、これは伝統金融でいう債券のストリッピング、つまり元本と利札を分離して別々に売買する行為のオンチェーン版にあたる。PTはゼロクーポン債に、YTは切り離されたクーポンに相当する。

この性格の違いが投資判断を左右する。汎用DEXのLPが価格変動と取引量を読むのに対し、Pendleの参加者が読むのは金利の方向性と満期までの時間だ。市場が賭けているのは「将来の利回りが市場の織り込みを上回るか下回るか」であって、トークン価格そのものではない。Pendleが自らを同業DeFiではなくウォール街の金利スワップデスクの競合と位置づけるのは、この一点に尽きる。

なぜ利回りを分離する市場に資金が集まるのか

利回り分離が成立する背景には、性格の異なる二つの需要がある。

ひとつは固定金利の確定だ。DeFiの利回りは原則として変動制であり、トレジャリーや機関投資家にとっては高い利回りよりも予測可能な利回りのほうが扱いやすい。PTを満期まで保有すれば、エントリー時点で確定したリターンが手に入る。stETHが3.5%前後で変動しようとも、PT購入者は購入の瞬間に自分のリターンを知っている。これは変動金利しか native に提供できないAaveやCompoundには出せない商品性だ。

もうひとつは利回りそのものへの方向性ベットとヘッジで、ここがYTの領域になる。YTは実質的にレバレッジ商品として機能する。たとえばYT価格が0.06のとき、1万ドルの投下で約16.6万ドル分の利回りに対するエクスポージャー、概ね16倍が得られる。原資産価格ではなく利回りレートに対する16倍である点が肝心で、Ethenaのファンディングレート高騰やEigenLayer系のポイント付与を狙う投機家がここに群がる。

ただし理想と実態は乖離している。Pendleが標榜する固定金利インフラに対し、実際の出来高の約7割はYT投機が占めるという指摘があり、プロダクトとして機能しているのは「レバレッジド利回りトレード」であって「構造化された固定金利市場」ではない、という見方が成り立つ。標榜する顧客像(トレジャリー)と実際に集まった顧客像(投機家)のギャップは、Pendleの成長がボラティリティ依存である根拠でもある。

時間減衰トークンを扱うために独自AMMが必要だった理由

Pendleが汎用AMMを流用できなかったのは技術的必然だ。UniswapV2のような定数積AMMは時間減衰する資産を正しく扱えない。今日1ドルで満期に額面へ収束していくPTを定数積曲線に乗せると、LPに過払いするか、裁定者にプールの価値を抜かれるかのどちらかになる。

Pendleはこれを、時間を明示的なパラメータに組み込んだ価格曲線で解決している。中核はスケーラ機構で、満期が遠い時期は価格インパクトが小さく大口のPT取引を吸収できる一方、満期が近づくにつれて価格感応度が上昇し、マーケットメーカーに公正価値へのリバランスを促す設計になっている。結果として、PT価格は外部オラクルにも手動調整にも頼らずに満期償還価値へ収束していく。曲線の世代も進化しており、v1のYieldSpace曲線からv2ではNotional由来のLogit曲線へ移行し、固定金利取引での資本効率と流動性深度を改善した。

LP視点で見ると、この時間認識型の曲線は満期接近時にインパーマネントロスをゼロ近傍まで縮小させる。汎用AMMのLPが価格乖離による損失に晒され続けるのとは、損益構造が根本的に異なる。

満期ごとに分断される流動性という構造的弱点

Pendleの流動性を理解する鍵は、プールが満期日ごとに完全に分離・独立している点にある。同じstETHでも2025年12月満期と2026年9月満期は別々のプールであり、流動性は共有されない。

この断片化が、深刻な偏在を生む。上位5市場がTVLの約8割を占め、流動性は3ヶ月前後の近い満期に集中する。実際、流動性の厚いプールではタイトなスプレッドが維持される一方、薄い長期プールでは10万ドル規模の取引で5%ものスリッページが発生した局面がある。12ヶ月超の長期市場はほとんど取引されておらず、市場が自信を持って先々のキャッシュフローをプライシングできていないことを示す。

さらに満期接近時にはAMM曲線がフラット化するため、裁定でスプレッドはタイトになっても、大口ポジションの出口流動性は最終数週間で薄くなりうる。PT/YTを大口で扱う投資家にとって、満期スケジュールを見据えた出口設計は機構理解と同等に重要な実務になる。米国債市場が2年から30年まで各満期に深い流動性を持つのに対し、Pendleで数百万ドル規模のデュレーションをヘッジしようとする機関がまだ現れないのは、この流動性の薄さが理由だ。

インプライドAPYをどう読むか:市場期待の逆算

PTとYTの価格は、市場が織り込んでいる将来利回りを逆算する材料になる。Fixed APYはImplied Yieldと一致し、これを市場心理の指標として読める。Implied APYが低いときはPTが割高で、市場は利回り低下を織り込んでいる。Implied APYが高いときはPTが割安で、市場は利回り上昇を織り込んでいる。

ここから導かれる投資判断はシンプルだ。PTの購入は実質的に利回りのショートに等しく、Fixed APYが最終的にUnderlying APYを上回った分が利益になる。逆にYTの購入は利回りのロングであり、実現利回りが市場の織り込み(Implied APY)を超えれば勝つ。Ethenaのある局面では、sUSDeのAPYがPendle上で11.53%で取引されていたとき、満期までの平均利回りが15%なら買い手は大きく勝ち、6%に沈めば深く負ける、という非対称な損益が成立する。

洗練された参加者は、ここからさらに踏み込む。満期横断でインプライド利回りを比較し、Pendleと他の利回り源、すなわちCEXレンディング、DeFiレンディング、米国債との間に乖離が出たときに裁定を取る。Pendleのインプライド利回りが外部市場から大きく外れたとき、そこに収益機会が生まれる。これは伝統金融の金利スワップ市場が自己修正していく構造と本質的に同じだ。

投資家が実際に組む戦略の類型

PTとYTという二つの部品から、性格の異なる戦略が組める。それぞれリスクの所在が違う。

固定金利のロックは最も保守的な使い方だ。PT-sUSDeのあるプールでPTが0.94、YTが0.06で取引されているとき、1万ドルのPTを買えば約10,638単位を受け取り、満期に10,638 sUSDeへ償還されることで6ヶ月テナーで約6.4%のAPYを確定できる。一方で同じ1万ドルをYTに投じれば約166,667単位となり、Ethenaが期間中に15%を払えば1万ドルの投下で約12,500ドルを得るが、3%に沈めば元本を割る。この非対称性こそがYTの本質だ。

レバレッジを効かせた固定利回りがPTルーピングで、Pendle-Ethena-Aaveの統合がこれを支える。PT-USDe(2026年6月満期)が約0.917で取引されていたとき、1,000 PTを917ドルで取得して満期に1,000ドルで償還すれば、約8.8%の固定APYになる。ここでAaveのUSDC借入金利が4〜6%であれば正のスプレッドが生じ、PTを担保に借り入れて再びPTを買う循環で固定利回りを増幅できる。Morphoはこのループをワンクリック化する仕組みを開発しており、2025年から2026年にかけて最も資本効率の高い利回り構造のひとつになった。ただしこれは、PendleとEthenaとAaveという三つの依存先すべてが正しく動き続けることに賭けた、リスクを積層させた構造でもある。

原資産への依存とEthena集中という単一リスク

Pendleはそれ自体が利回りを生むわけではない。外部の利回り源をトークン化しているだけであり、本当のエンジンは原資産プロトコルの側にある。Ethenaのベーシス取引、EigenLayerのリステーキング報酬、Skyの担保金利、Aaveの借入需要。Pendleの収益とTVLの健全性は、これらの原資産が機能し続けることに完全に従属している。

そして現在、その依存先は一点に偏っている。2026年第1四半期時点で、sUSDeとEthena関連プールがPendleの活動の大半を占める。この集中が意味するのは、Ethenaのファンディングレートが崩れればPendleの主力プールが同時に痛むということだ。実際、2024年8月のファンディング反転では、sUSDeのAPYが11日間で19%から4%へ圧縮された。Ethenaの保険基金は2026年3月時点で約6,100万ドル、供給56億ドルの約1.1%にとどまり、長期の負ファンディングを吸収しきれる規模ではない。sUSDeが米国債担保型トークンに対して払う約440ベーシスポイントのプレミアムは、このファンディングボラティリティと取引所カウンターパーティリスク、そしてクールダウンロックの対価にほかならない。

原資産ごとの償還の非対称性も、投資家が見落としやすい摩擦だ。PT-aUSDCはUSDCと1対1で償還されギャップがないが、PT-rETHが約束するのは1 rETHではなく Rocket Pool に預けた1 ETH分であり、rETHの価値が厳密に1 ETHでないために摩擦が残る。同じPTでも原資産の構造次第で償還の確実性が変わる。

vePENDLEを巡る争奪戦とsPENDLEへの移行

Pendleのトークン経済を語るうえで、エコシステムが二層構造になっている点を外せない。

ひとつ下の層に、Curveの周りにConvexが生まれたのと同じ構図がある。veトークノミクスはロック量に応じて報酬と投票力を配るためクジラに有利で、ロックせずに恩恵を得たいユーザー向けにEquilibriaとPenpieという周辺プロトコルが台頭した。両者は委任されたvePENDLEの約半分を支配し、それぞれが自分のプールへ排出を向けるべく投票を奪い合ってきた。Pendleに流動性を置くプロトコルは、より多くのPENDLE排出を引き寄せるためにこれらの場で投票を買う。いわゆるブライブ市場であり、vePENDLE保有者はPendleからの投票報酬に加えて外部プロトコルからのブライブを得てきた。Pendleに強気なら、PENDLE本体だけでなくこの「ツルハシ」側のEquilibriaやPenpieを見るのが筋、という見方が成り立っていた所以だ。

ただしこの構図は2026年1月に大きく変わった。Pendleは2年ロックのvePENDLEを、14日の引き出し期間を持つ流動的ステーキングトークンsPENDLEへ置き換えた。手数料を払えば即時の出口も取れる。新モデルでは収益の最大8割がPENDLEのバイバックに充てられ、アルゴリズム配分で排出を約3割削減する設計になっている。コアコントラクトのリポジトリが同月に読み取り専用化されたことも、土台のコードが完成段階にあるという市場の解釈を後押しした。ロックの撤廃は買い手基盤を広げうる一方、ブライブ市場を前提とした旧来の投票力争奪が現在どこまで機能しているかは、移行直後ゆえに見極めが要る論点として残っている。

トークン価値とファンダメンタルズの乖離をどう読むか

数字を並べると、Pendleの投資判断が抱えるねじれが浮かび上がる。2026年6月時点でTVLは約11.6億ドル、年率換算の手数料は2,500万ドル前後、時価総額は約2.1億ドルにとどまる。時価総額をTVLで割ると3.5%前後、つまり預かり資産1ドルあたり4セント未満の市場価値しか付いていない計算になる。この比率は、TVLの増加でもトークンの再評価でも、どちらの方向からでも急速に動きうる水準だ。

ただし割安と即断する前に、TVLの推移が示す構造を直視する必要がある。Pendleは2023年初頭の約2.3億ドルから2025年9月には約131億ドルまで膨張し、その後2026年6月の約11.6億ドルまで9割超を吐き出した。利回りが高くボラタイルな局面ではYT需要が膨らみ、出来高が増え、LP手数料が積み上がり、流動性が流入する好循環が回る。逆に利回りが低く安定した局面では、YTの妙味が消え、出来高が枯れ、LP報酬がインパーマネントロスを補えなくなり、流動性が抜けてスプレッドが開く負の連鎖に陥る。2024年に60億ドルから28億ドルへ落ちた局面が、その典型だった。Pendleは構造的にボラティリティを必要とするビジネスであり、レートが凪げばトークンの拠り所も薄れる。

供給面では、ステーク額が時価総額の約6割に達しており、保有者の長期コミットメントは厚い。著名な動きとしては、Arthur Hayesが2026年初頭に約100万ドル相当のPENDLEを取得し、機関採用への道筋を持つ唯一のスケールしたオンチェーン金利プロトコルと評したことや、Grayscaleの2026年第2四半期ウォッチリスト入り、Aave V4でのコア担保としての統合などが挙がる。一方でVCのアンロックは継続的な売り圧の重しであり、sPENDLEのバイバックがそれを上回れるかは、まだ証明されていない。

収益のTVL依存から抜け出せるか:Borosの経済性

Pendleの収益が抱える構造的な脆さは、それがTVLに密結合している点にある。イールド由来の手数料が支配的なため、TVLと原資産利回りが高いときは潤うが、満期後のドローダウンがそのまま収益を直撃する。この弱点を是正する役割を担うのがBorosだ。

Borosはパーペチュアル先物のファンディングレートをオンチェーンで取引可能にする。仕組みは金利スワップそのもので、Yield Unit(YU)という単位で、1 YUがパープ市場のファンディング1ノーショナル単位を表す。等量のロングYUとロングパープを保有すると変動するファンディングが相殺され、固定ファンディングが成立する。ファンディングレートのアービトラージはここで、方向性を持たない固定利回りトレードへと姿を変える。

経済性のバックテストは具体的だ。BinanceとHyperliquid間のBTCファンディング裁定(2025年10月満期)では加重平均で11.4%の固定APR、ETHで9.94%が示され、これはデルタニュートラルを保ったまま伝統的なステーキング利回りの3.5倍から9倍に相当する。スケール面では、2025年12月26日満期の直前で建玉が約2.45億ドル、ランレートの手数料が約120万ドル、Fee/OIは約0.5%だった。パープ市場の建玉は数百億ドル規模であり、その1割の捕捉は手の届く範囲に見える、という分析も出ている。Borosがプロダクトとして定着し、手数料基盤をTVL依存から取引依存へ広げられるかどうかが、Pendleの収益が利回りサイクルを越えて安定するかの分水嶺になる。

投資家がPendleで本当に見るべき変数

Pendleは、技術的にも構造的にも堀を築き終えた稀有なDeFiプロトコルだ。利回り分離というニッチでDeFiのYieldカテゴリの過半を握り、PTがAaveやMorphoで担保として組み込まれる統合の密度こそが、コードではなく本当の参入障壁になっている。資産発行体がBinanceやCoinbaseへの上場と同じ感覚でPendle上場を求める時点で、流通レイヤーとしての地位は固まっている。

それでも投資判断のねじれは解けていない。堀は完成したが、その堀をトークン価値として市場が値付けできるかは別問題だ。今後数四半期で見るべき変数は二つに絞られる。ひとつはBorosが定着して手数料をTVL依存から切り離せるか。もうひとつはsPENDLEのバイバックとガバナンス変更が、アンロックの売り圧を超えて買い手基盤を広げられるか。この二点の進捗こそが、TVLや手数料の額面以上に、Pendleという市場の次の方向を決める。

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この記事を書いた人

海外のクリプト市場と制度設計の変化を観測し、価格ではなく信用構造と国家パワーの変数から長期トレンドを分析している。短期ニュースや投機的視点には依存せず、通貨構造の変化を軸に情報を整理している。空の崖から長期構造を観測する視点でスカイクリフドゥエラーを運営。

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