CZのお墨付きから始まった出来高戦争
2025年9月17日のトークン生成イベントからわずか数時間で、ASTERは1,500%を超える上昇を記録した。この急騰の引き金は技術的なブレイクスルーではなく、Binance創業者であるCZ(Changpeng Zhao)の公的な支持だった。CZの支持を受けてASTERは無名の状態から7,000%近い上昇を遂げ、価格は2ドルに到達して主要ライバルのHyperliquidを一時的に追い抜いた。
ここで起きていたのは、Perp DEX(分散型パーペチュアル取引所)セクターにおける出来高の奪い合いである。Asterは、Astherusという利回りプロトコルとAPX Financeというパーペチュアルプロトコルが2024年末に統合して生まれた。バックはYZi Labs(旧Binance Labs)で、CZから公の支持を受けている。この出自が示すのは、Asterが純粋なDeFiネイティブの挑戦者ではなく、Binanceエコシステムの分配力を初期ブートストラップの武器として持っていたという事実だ。
主軸チェーンはBNB Chainで、取引量の約70%がBNBに集中し、残りをETH・Solana・Arbitrumがカバーする。Hyperliquidが独自L1上で全取引を完結させる垂直統合型なのに対し、Asterは複数チェーンに分散したユーザーと流動性を一つのインターフェースに集約する水平展開型を選んだ。この設計思想の違いが、後述する流動性の質や検証可能性の問題に直結していく。
マルチチェーン集約という流動性設計の表と裏
AsterとHyperliquidの最も根本的な分岐点は、流動性をどう調達するかにある。Hyperliquidは独自L1で板情報をすべてオンチェーンに記録し、自前で深い流動性を構築する。板情報自体が完全にオンチェーンで維持され、すべての注文・キャンセル・取引が透明に記録される。これは板情報をオフチェーンで維持し取引のみオンチェーンで決済する多くのハイブリッドDEXとは異なる。
これに対してAsterは逆の発想を取る。独自ブリッジを作らず複数のブリッジプロバイダを集約し、各転送で最も信頼でき低コストな経路を選ぶ。この設計が利用者を惹きつける理由は明快で、手動ブリッジ不要のマルチチェーン流動性集約とCEX的インターフェースが、クロスチェーンユーザーや新規参加者の参入障壁を大きく下げているからだ。BNB Chain上の資産も、Ethereum上の資産も、ブリッジ操作を意識せずに一つの口座で取引できる。
しかしこの集約型アーキテクチャには裏面がある。流動性の「自前度」が低いため、HyperliquidのオンチェーンCLOBに比べて定着資本が薄くなりやすい。利用者層もここで二分される。多くのプロトレーダーはHyperliquidをワンブロックでのコンファメーションとリクイディティのDepthゆえに好み、クロスチェーンユーザーや新規参加者はAsterを好む。つまりAsterの流動性設計は、参入障壁の低さと引き換えに、プロの大口資本を呼び込む深さで劣後するという構造的なトレードオフを抱えている。
利回り付き証拠金がもたらす資本効率の差別化
Asterが単なる「Binance系のHyperliquidクローン」に留まらない理由は、Astherus由来の利回り商品をパーペチュアル取引に組み込んだ点にある。通常のDEXでは、証拠金として預けたUSDTは取引中に遊休資産となり、機会費用が発生する。Asterはこの機会費用を消しにいった。
具体的には、マージンシステムはアイソレーテッドとクロスコラテラルの両方に対応し、asBNBや利回り付きステーブルコインを証拠金として使える。遊休のUSDTを保有する代わりに、デルタニュートラルなリターンを生むUSDF(Asterの利回り付きステーブルコイン)をミントして証拠金として使え、同様にasBNBは年率5〜7%のステーキング報酬を得ながらレバレッジポジションの証拠金として機能する。
このUSDFの利回りがどこから来るのかを理解すると、Asterの収益構造とリスク構造が同時に見えてくる。利回りはデルタニュートラルなヘッジ戦略によって生成され、現物BTCを買い、同額のショートを建てて資金調達料を得る。USDTはAsterのCeffu口座(カストディアンパートナー)に移管され、Ceffuがデルタニュートラルポジションを構築してUSDFを裏付ける。LP(流動性提供者)やDeFiステーカーがAsterへ資金を移した直接の理由は、この「証拠金が利回りを生み続ける」という資本効率にある。Ethenaのsトークンモデルと同系統の設計だが、Asterはそれを取引証拠金として転用できる点に独自性を置いた。
資金調達率の乖離が生む裁定の温床
パーペチュアルには満期がないため、契約価格を現物価格に張り付かせる強制力として資金調達率が機能する。これはどのPerp DEXにも共通する基本機構だが、Asterの場合、この資金調達率が二重の意味を持つ。一つは前述したUSDFの利回り源、もう一つは新興プラットフォーム特有の価格発見の未成熟が生む裁定機会である。
新興取引所の板は成熟したCEXと比べて歪みやすい。Asterのパーペチュアル市場はCEXや他DEXと資金調達率の大きな乖離をしばしば示し、高ボラティリティ時には純資金調達が8時間あたり最大0.35%に達することがある。この乖離は、Aster上でロング・BinanceやそのほかのCEXで同量ショートというフルデルタニュートラルの裁定ポジションの温床になっている。
トレーダーがAsterに資金を持ち込む動機の一つはここにある。方向性ベットとは別に、プラットフォーム間の資金調達率差を収益化する裁定資本が流入している。ただしこの種の資金は粘着性が低い。乖離が縮小すれば即座に引き上げられる性質のもので、Asterの出来高の一定部分がこうした一時的な裁定フローで構成されている点は、出来高の質を評価する上で見落とせない。
出来高の信頼性――DeFiLlama除外事件が突いた検証可能性
Asterの数字を額面通り受け取れない最大の理由が、2025年10月のDeFiLlama除外事件である。これは単なる一過性のスキャンダルではなく、Asterの差別化機能そのものが検証可能性とトレードオフの関係にあることを露わにした構造的な問題だ。
きっかけは異常な相関だった。DeFiLlamaは、AsterのXRPUSDT出来高がBinanceと1:1でほぼ完全相関する一方、Hyperliquidとは乖離するという異常パターンを検出し、パーペチュアル出来高をランキングから除外した。分散型取引所のオーダーフローは本来、CEXとは異なる変動を示すため、Binanceとの1:1相関は不自然と判断された。
問題の核心は手法面にある。Asterはダークプールを使い注文をオフラインでマッチングするため、Hyperliquidと違ってメイカー/テイカーのアドレスや取引IDといった低レベルデータを取得できず、検証が不可能だった。GMXならArbiscanで取引を確認でき、Hyperliquidならノードを走らせて検証できるが、Asterはそれを可能にするソフトウェアを提供していない。
ただし、ここで断定を避けるべき点がある。除外は「ウォッシュトレードの証明」ではない。0xngmi自身が、出来高が完全に偽物だという主張を裏付けるデータはないと述べ、ウォッシュトレードの証明には追加データが必要だとした。エアドロップ駆動のセクターでは出来高の水増しは珍しくなく、ウォッシュトレードと水増し出来高は現在、取引所の約4分の1に影響していると推定される。投資家が読み取るべきは、隠し注文やダークプールという「フロントランニング対策の差別化機能」が、第三者による出来高検証を不可能にする副作用を持つという構造である。プライバシーと検証可能性は同時には成立しない。
オープンインタレスト比率が暴く資本の質
出来高の信頼性とは別の角度から、Asterの資本の「質」を測る指標がオープンインタレスト(OI)対出来高比率である。出来高が同じでも、その中身が短期の投機回転なのか、ヘッジや中長期ポジションなのかで、プラットフォームの定着度はまったく異なる。
この比率でAsterとHyperliquidは対照的な数字を示す。HyperliquidのOI対出来高比率は287%で業界標準を大きく上回り、トレーダーが本質的なヘッジや中長期ポジションに利用していることを示すのに対し、Asterは約12%で、取引回転の高さと短期投機の偏重を示す。OIは出来高と違い、トレーダーに証拠金のロックと時間をかけた資金調達の支払いを要求するため、水増しが難しい。
この比率の差は、絶対的な資本量の差にも表れる。2026年3月時点でHyperliquidの平均OIは約51.5億ドル、Asterは約8.997億ドル。出来高はブートストラップが容易だが、保持されるオープンインタレストと粘着的なTVLは偽装が難しい。Hyperliquidのオープンインタレストと流動性深度のリードは、持続的なPerp DEX支配がどう見えるかのベンチマークであり続けている。Asterの祭りが本物の定着に転化したかを判断するなら、出来高ランキングではなくこのOIの推移を追うべきだという結論になる。
TVLの急騰と正常化が描く資金フローの実像
資金流入の実像は、TVL(預かり資産)の時系列に最も率直に表れる。Asterのこれまでの軌跡は「急騰と正常化」の典型例である。Asterのトークン生成イベント直後にTVLは2025年9月14日の3.7億ドルから17.35億ドルへ328%急増し、その成長の80%をBNB Chainが牽引した。ピーク時には日次出来高で一時Hyperliquidを抜いた。
しかしエアドロップ確定後の正常化は明確だった。2026年3月時点でHyperliquidが約40.6億ドルのTVLを保持するのに対し、Asterは約10.5億ドル、さらに2026年5月時点で9.4551億ドルへと沈静化し、同時点で30日パーペチュアル出来高は496.8億ドル、年換算手数料は6,984万ドルだった。
この「急騰後に半減して横ばい」というパターンが示すのは、インセンティブ駆動で流入した資本がエアドロップ確定とともに流出したという、ポイントファーミング型ローンチに共通する力学である。Asterは供給の53%をエアドロップに割り当て、トップウォレットが30日間で850億ドルの出来高を生成したが、その多くはエアドロップポイントを稼ぐためのシビル攻撃だった。資金流入の理由がインセンティブそのものだった部分について、真水の利用がどれだけ残ったかが今後の評価軸になる。
バイバックと排出削減――トークン需要を作り直す設計転換
ASTERの価値設計は、初期のエアドロップ偏重から、出来高連動のデフレモデルへと明確に舵を切っている。トークノミクスの中核は「手数料で買い戻し、燃やし、ステーカーに配る」というサイクルだ。プラットフォーム手数料の最大80%をASTER買い戻しに投入できるバイバック&バーンを運用する。
さらに供給設計そのものを大きく転換した。月間排出量を約7,840万ASTERから約180〜225万ASTERへと約97%削減し、新規供給をすべてステーカーへ振り向けた。この排出削減は、トークン市場における将来の売り圧力の予想を直接変える施策である。配分構造を見ると、総供給80億のうち、Airdrop 53.5%、Ecosystem & Community 30%、Treasury 7%、Team 5%、Liquidity & Listing 4.5%となっており、エアドロップ偏重の出自が数字に残っている。
この設計転換が投資家心理に与える意味は、「需要を金で買う段階」から「手数料で価値を捕捉する段階」への移行宣言だという点にある。実際にプロジェクトはこれまでに2億5,400万ASTERを透明なオンチェーン機構を通じて買い戻したと公表している。ただしこのモデルが機能する前提は、手数料を生む取引量がインセンティブ抜きでも持続することであり、前述のOI比率の低さと正面から向き合うことになる。
暗号資産を超える――株式・Pre-IPOパーペチュアルへの横展開
Asterの競争戦略でHyperliquidとの差別化が最も鮮明に出るのが、取引対象を暗号資産の枠外へ広げる動きである。Asterは既にApple・Teslaなどの主要株式トークン化資産や金(XAU)を上場し、単なるPerpDEXではなく全チェーン横断のワンストップ取引プラットフォームを志向している。
最も先鋭的なのがPre-IPOパーペチュアルだ。Pre-IPO Perpetualは、企業の公開上場に対する市場期待を追跡する合成パーペチュアル先物で、株式が公開取引される前に私企業の予想時価へ方向性エクスポージャーを取れる。所有権ではなく取引エクスポージャー専用で、株主権は付与されない。具体例として、OpenAIのPre-IPOパーペチュアルを最大5倍レバレッジで導入し、私企業のバリュエーションを継続取引可能なオンチェーン資産に変えた。従来は認定投資家や私募市場へのコネクションがなければアクセスできなかった私企業エクスポージャーを、ウォレット一つで24時間取引可能にした点が、retail投資家を惹きつける動機になっている。
担保面でもTradFiとの接続が進む。Binanceのトークン化株式bStocks(Tesla・Nvidia・Circle・SanDisk等)を最大90%まで証拠金として使え、株式エクスポージャーを清算せずにクリプトデリバティブに参加できる。ただしこの領域は競合が激化しており、株式パーペチュアルはRWAパーペ市場活動(週750億ドル超)の約20%近くを占め、Pre-IPOパーペがNasdaq上場前に株価をほぼ正確に価格発見した事例もある。AsterはこのRWA戦線で先行する一方、Hyperliquidも同様の機能を構築中で、差別化が永続する保証はない。
中央集権依存と匿名経営という構造的リスク
DeFiを掲げながら中央集権インフラに全面依存するという逆説が、Asterの最大の構造的リスクである。DeFiプロトコルでありながらUSDF機構はBinanceの継続稼働に全面的に依存し、Binanceへの規制措置やサービス停止が中核機能を直接毀損しうる重大なカウンターパーティリスクを生む。USDFの裏付け資産はCeffuというカストディアンに移管され、デルタニュートラルの裁定執行もBinance上で行われる。資産管理と収益エンジンの両方が、特定の中央集権主体の上に乗っている。
経営の透明性も論点だ。AsterのCEOはLeonardという名のみで完全に匿名で、Xのプロフィールはフード姿のアバターのみ、アカウントは2025年3月にリブランド発表の数週間前に作成された。匿名であるため、創業者が既知の透明なプロジェクトと違って説明責任の所在が不明確で、信頼はコード監査とコミュニティの監視に全面依存する。これに加えて、ASTER供給の約93%が少数のウォレットに保有され、6ウォレットで96%超を支配するという分析もあるという供給集中が、ガバナンス上の懸念を重ねる。
LeonardはCZとの関係について一定の線引きを示しており、CZはアドバイザーであり、Easy Labs(旧Binance Labs)が資金調達ラウンドに参加したが、ASTERは完全に独立した意思決定を持つ独立組織だと主張している。とはいえ市場のセンチメントと採用がCZの公的支持に過度に結びついており、支持が薄れた場合のエクスポージャーが残るという評価は、人的・評判リスクの所在を明確に示している。規制面では、AsterのShield Mode(プライバシー機能)はMiCAや米CLARITY Actのコンプライアンス上の精査を招く点も加わる。
競合マップの中でのAsterの相対ポジション
Perp DEXセクターは単一の勝者が支配する構図ではなく、設計思想の異なるプレイヤーが棲み分けつつシェアを奪い合う段階にある。Asterの位置を相対的に捉えるには、この競争マップ全体を見る必要がある。
差別化軸は手数料の使い道に最も鮮明に表れる。Hyperliquidは手数料の99%をHYPEバイバック・バーンに回す反射的なトークン需要ループで深さと効率を重視し、Asterはインセンティブと利回り担保構造で成長を重視する。新興勢では棲み分けがさらに進む。LighterはFounders FundやRibbit Capitalの後ろ盾とトークン未発行によるマイニング期待を武器とし、HelixはInjectiveブロックチェーン上で暗号資産・株式・商品・為替の多資産取引とOpenAI・SpaceX等のPre-IPO資産を提供する。
セクター全体の力学を象徴するのが、リーダーのシェア変動だ。HyperliquidのパーペチュアルDEX市場シェアは2025年5月の71%、8月の80%から38%まで低下した。そして直近の数字は、Asterの相対的な立ち位置を冷静に示す。2026年6月16日時点でHyperliquidが24時間出来高81.6億ドル・OI 96.1億ドルなのに対し、Asterは出来高17.5億ドル・OI 19.1億ドル。
Asterが短期間で築いたものは、CZの分配力とBNB Chainの動員力、そして利回り付き証拠金とRWA横展開という商品差別化だった。一方でまだ証明されていないのは、インセンティブとダークプール由来の出来高を剥がした後に残る、検証可能で粘着性のある資本である。投資家がAsterを評価する際の判断材料は、出来高ランキングの順位ではなく、OI比率の推移、TVLの定着度、そしてDeFiLlama除外で問われた検証可能性への対応にある。