暗号資産投資家の間で「stablechain」という言葉が定着しつつある。Stableはその代表格として2025年12月8日にメインネットを立ち上げた決済特化型のLayer 1だが、この銘柄を分析するうえで最初に潰しておかなければならない誤解がある。Stableはステーブルコインではない。USDTをガストークン兼決済通貨として稼働するブロックチェーンであり、投資対象として市場に流通しているSTABLEトークンは、そのネットワークのガバナンスとコンセンサス担保のために存在する別物だ。この区別を曖昧にしたまま「担保資産は何か」「ペッグ崩壊リスクは」と問うと、分析そのものが破綻する。本稿はこの前提から出発し、チェーンとしてのStableと、投資対象としてのSTABLEを切り分けて論じる。
TetherがなぜUSDT専用チェーンを必要としたのか
Stableの存在意義を理解する起点は、USDTが汎用チェーン上で抱えてきた構造的な摩擦にある。EthereumでもTronでも、USDTを送るたびにETHやTRXといった別のトークンを保有してガスを払う必要があった。新興国のリテール利用者にとって、これは送金の最大の障壁だった。USDTという「デジタルドル」を持っているのに、それを動かすために別の値動きする資産を用意しなければならない。Stableはこの摩擦をプロトコルレベルで取り除く設計になっており、手数料をUSDTで直接支払え、ピアツーピア送金にいたってはガス無料で処理される。
ただし、これを単なるUX改善と読むと本質を見誤る。背景にあるのはTetherの垂直統合戦略だ。USDTの市場支配率はこの1年で70%から61%へ低下しており、ネイティブ対応チェーンは約12にとどまる一方、ブリッジ版は80超のチェーンに散らばって第三者ブリッジ依存のリスクを抱えていた。Tetherは発行(USDT)、輸送(USDT0)、そして実行レイヤー(Stable)を自社陣営で押さえることで、流動性の断片化を逆転させ、USDTの基軸通貨としての地位を防衛しにきている。Stableはその実行レイヤーに位置づけられる。Tether CEOのPaolo Ardoinoがプロジェクト発足当初からアドバイザーを務め、BitfinexとHack VCが主導した2,800万ドルのシードラウンドにFranklin TempletonやPayPal Venturesが名を連ねているのは、この戦略的意図の表れだ。
アーキテクチャとバリデータ分散の実態
技術仕様としては、StableBFTと呼ばれる委任型プルーフ・オブ・ステークを採用し、サブ秒のファイナリティとフルEVM互換を備える。手数料は1 Gwei相当に固定され、実効コストは0.01ドル未満で推移している。ここまでは決済レールとして妥当な設計だが、投資家が踏み込んで見るべきは分散性のトレードオフだ。
決済特化L1というカテゴリ全体が、機関の求める確定的ファイナリティと監査可能性を優先する代わりに、検閲耐性と分散性を後回しにする傾向を持つ。同カテゴリのCircle系Arcは許可制のProof-of-Authorityでバリデータを既知の機関に限定しており、「銀行向けの壁に囲まれた庭」という批判を受けている。Bitfinex系のPlasmaは、ローンチ時は信頼されたバリデータの小集合で始め、段階的に拡大しパーミッションレスへ開放するという明示的なロードマップを掲げる。Stableが機関ファーストの設計を打ち出している以上、立ち上げ初期のバリデータ集合が少数の信頼された主体に集中している構図は、PlasmaやArcと同じ系譜にあると見るのが自然だ。BFT系コンセンサスはネットワーク分断時にフォークするのではなく停止する性質を持つため、可用性と分散の両立がどこまで進むかは、機関決済の信頼性を測るうえで継続して観察すべき点になる。
USDT0とLayerZeroへの依存という単一障害点
Stableの設計で見落とされやすいのが、ガストークンそのものがUSDT0である点だ。2026年2月4日のv1.2.0アップグレードで、ガストークンはgUSDTからUSDT0へ統一された。USDT0はLayerZeroのOFT(Omnichain Fungible Token)規格を用いてUSDTを20以上のチェーン間でブリッジレスに移動させる仕組みで、Tether陣営のクロスチェーン戦略の中核を担う。
問題は、このアーキテクチャがLayerZeroのメッセージングインフラに全面的に依存している構造にある。USDT0のクロスチェーン機能はLayerZeroに依存しており、オムニチェーン運用上の単一障害点を内包する。利用者はTetherの準備実務に加えて、USDT0を運用するEverdawn Labsの手順という追加の抽象化レイヤーまで理解しなければ、実際のカウンターパーティ構造を把握できない。TetherはLayerZero Labsに戦略投資しており、USDT0は稼働から1年弱でチェーン間移動額700億ドル超を記録しているが、依存先が同一陣営であることは、リスク分散の観点ではむしろ集中の度合いを高めている。Stableの決済価値は、Tetherの準備資産の健全性、LayerZeroの稼働、Everdawn Labsの運用という三重の外部要因に連動する。チェーン上の全取引がUSDT建てである以上、USDTが短期的にデペッグすればチェーン全体の決済価値が直撃される単一資産集中の構造も、ここに重なる。
StableとPlasma——同じTether陣営に2つのチェーンがある理由
投資家が最も判断に迷うのは、なぜTether陣営がStableとPlasmaという酷似した2つのUSDT専用L1を並行して持つのか、という点だろう。両者ともBitfinex/Tether系で、USDTを基軸とし、サブ秒ファイナリティとEVM互換を掲げ、USDT0を統合している。外形だけ見れば共食いに見える。
しかし規模を見ると役割の差が浮かぶ。Plasmaは公開トークンセールで目標5,000万ドルの7倍超にあたる約3.73億ドルを調達し、メインネットβ初日にAave、Ethena、Fluid、Eulerなど100を超えるDeFiパートナーを統合した。ブリッジ流動性は130億ドルを超え、USDT0エコシステムではEthereumに次ぐ第2位の到達先として270億ドル超の流入を集めている。対するStableのDeFi TVLはDeFiLlama上で1,250万ドル前後にとどまる。この桁違いの差は、Plasmaが流動性とDeFiの集積地として機能する一方、Stableが機関決済とリテール送金という別レーンを狙っている棲み分けを示唆する。実際Stableは、Anchorage Digital、PayPal、Standard CharteredのトークンプラットフォームLibearaと提携し、保証ブロックスペースや機密送金といった機関向け機能を前面に出している。STABLEとXPLのどちらに賭けるかという判断は、この機能分担が今後も維持されるのか、それとも一方が他方を吸収するのかという見立てに帰着する。
ゼロ手数料モデルは誰が負担し続けるのか
ピアツーピア無料、手数料0.01ドル未満という経済性は、利用者にとっては魅力だが、投資家にとっては持続可能性の問いを突きつける。ガスを限りなくゼロに近づけるコストは誰かが負担している。
歴史を振り返ると、ゼロ手数料のUSDTチェーンの大半は、paymasterのコストを自前で負担した小規模プロジェクトで、ランウェイが尽きて消えていった。StableやPlasmaがこの轍を踏まないとされる根拠は、補助コストを引き受けるのがUSDTを新興国の基軸通貨にする直接的な商業的利益を持つTetherだという点にある。つまりゼロ手数料は慈善ではなく、USDT流通拡大によるTether本体の米国債運用益という収益構造に裏打ちされている。逆に言えば、この補助はTetherがUSDTの普及に商業的メリットを見出し続ける限りにおいて成立する。Stableが韓国のオフラインブースで10万人超の登録を集めたという初期実績も、それがインセンティブ主導の一過性なのか、オーガニックな定着なのかを見極めなければ、流通量の数字を額面どおりには読めない。同じ論点はPlasmaの早期TVL成長についても「インセンティブ駆動でオーガニックではない」という外部批判として向けられている。
STABLEトークンの収益構造とバリュエーション
ここからは投資対象としてのSTABLEに焦点を移す。STABLEは固定供給1,000億枚で、ジェネシス配分10%、エコシステム40%、チーム25%、投資家25%という配分になっている。チームと投資家分は1年のクリフを経て4年かけて線形にアンロックされ、インフレ的なエミッションは設計されていない。ユーザー取引にSTABLEは使われず、すべてUSDT建てで決済される。
保有者がリターンを得る経路は、バリデータへの委任を通じてネットワークが集めたUSDT建て手数料のシェアを受け取るステーキングだ。ネットワークの利用が増えればUSDT手数料プールが拡大し、ステーカーへの分配原資が増える。これがSTABLEへの利回り駆動の需要を形成する設計になっている。XPLがガス支払いにも使えるのに対し、STABLEがガバナンスとステーキングに用途を限定している点は、両トークンの需要構造の違いとして押さえておきたい。
バリュエーション判断では、時価総額が8.38億ドル前後で推移する一方、固定供給1,000億枚に対する流通比率がどの程度かを確認する必要がある。固定供給の半分をチーム・投資家分が占め、それが4年かけて放出される構造は、時価総額とFDV(完全希薄化評価)の乖離が大きいことを意味する。2026年6月8日には総供給の0.89%にあたる約8.89億STABLE、金額にして約2,884万ドル相当がアンロックされており、こうした放出が需給に与える圧力は、新規需要がそれを吸収できるかどうかに依存する。希薄化スケジュールを織り込まずに時価総額だけで割安・割高を判断すると、放出による下落圧力を見落とすことになる。
StableEarnが示すRWA利回りへの接続
2026年5月26日にローンチされたStableEarnは、Stableのエコシステムをもう一段拡張する動きだ。これはMorphoプロトコル上に構築されたVaultで、USDT保有者が米国債(thBILL経由)や金(thGOLD経由)といった実物資産の利回りを得られる。リスクパラメータはGauntletが管理し、Standard CharteredのLibearaやWellington Managementが裏付けに加わっている。
この設計が突いているのは、世界最大のステーブルコインであるUSDTにネイティブな利回りがないという欠落だ。USDCやUSDeが利回りや擬似利回りを提供するなかで、USDTは保有していても利息を生まない。StableEarnはチェーン上でその穴を埋め、機関グレードのRWA利回りをUSDT保有者に開く。ただしVaultの利回りはRWAバックである以上、カウンターパーティリスク、規制の不確実性、伝統的市場のボラティリティにさらされる。利回りの源泉が米国債である限り、その安全性は裏付け資産とリスク管理の質に規定される。StableEarnの資金吸収力は、Stableというチェーンが単なる送金レールにとどまらず、利回りを軸とした資本の滞留先になれるかを測る指標になる。
規制環境——追い風と継承リスクの両面
Stableのローンチは、米国でステーブルコインの発行・ガバナンス基準を整備するGENIUS Actの進展と時期が重なった。規制枠組みに沿った専用チェーンという位置づけは、機関の参入障壁を下げる方向に働く。
一方で、Stableが抱える規制リスクの本体はUSDTから継承したものだ。Tether Holdingsは英領バージン諸島の法人で、主要法域の銀行ライセンスを持たない。これはAMLやカウンターパーティ基準のもとで運用する機関保有者にとって、看過できない論点になる。欧州のMiCAはUSDCをe-moneyトークンとして承認した一方、USDTには制約を課しており、Stableの欧州展開はUSDTの分類問題に縛られる。さらに、MiCAやOFACの締め付けのなかで中央集権的な発行体がウォレットアドレスを凍結する圧力が高まっており、USDTベースである以上、検閲耐性は構造的に低い。Stableの規制ポジションは、それ自体が独立して評価されるのではなく、USDTとTetherの規制上の立ち位置に従属する。
投資家が継続して観察すべき指標
STABLEを評価する際、ステーブルコイン発行体に対する分析枠組み——準備資産の中身や担保比率——をそのまま当てはめることはできない。Stableはチェーンであり、見るべきはネットワークの経済活動だ。
最も上流にあるのはチェーン上のUSDT総流通量で、これがステーキング利回りの原資である手数料プールの源泉になる。次にUSDT建てのネットワーク手数料の実額とトレンド、そしてDeFi TVLの推移とPlasmaに対する相対的なキャッチアップ速度。アクティブアドレス数、トランザクション数、バリデータ数といった採用指標が、プロジェクトの掲げる規模に追いついているかも判断材料になる。トークン側では、チーム・投資家分のベスティング進行と各アンロックの規模、ステーキング参加率による実効流通供給の縮小度合いが、需給を左右する。Tether陣営内でStableとPlasmaのどちらが本命の決済レールになるかという相対シェアの動きは、STABLEという銘柄の長期的な立ち位置を決める変数として、他のどの指標よりも構造的な意味を持つ。
なお、本稿で参照したTVLや時価総額の数値は時点によって変動が大きく、DeFiLlamaが計上するDeFiロック分と、チェーン上に存在するUSDT総額には定義上の差がある。実際の投資判断にあたっては、DeFiLlamaやCoinGeckoで最新時点の流通比率とFDVを直接確認したうえで、希薄化スケジュールと照らし合わせることを勧める。本稿は情報提供を目的としたものであり、投資助言ではない。
