結論
Axie Infinityへの投資判断は、もはや「ゲームが流行るかどうか」では決まらない。判断の軸は三つに分かれている。第一にAXS・SLPという二層トークン経済が、エミッション停止という供給収縮策で再設計に成功するか。第二にSky MavisがRoninチェーンをEthereumアラインのL2へ移行させる過程で、Axie本体が「単一の主役」から「エコシステムの一銘柄」へと降格していく構造変化をどう評価するか。第三に、同じRoninチェーン内でPixelsにDAU首位を明け渡した事実が示す、フランチャイズとしての相対的地位の低下をどう織り込むか。
2026年1月のSLPエミッション停止以降、AXSの24時間出来高は3億8,000万ドル規模まで膨らむ局面があった。これは投機資金が「再建ストーリー」に賭け始めた兆候だが、AXSが全アロケーション完全アンロック済みであり、ピーク時164.90ドルから9割以上下落した水準にあることを踏まえれば、これは成長物語ではなく再建の試行錯誤として読むべきだ。本稿はAxieをGameFi経済設計の失敗・再建事例として、かつRoninインフラの一構成要素として分解する。
なぜAxieは「DEX分析」の枠組みで読めないのか
Axie Infinityを語る際、流動性プールやAMMの手数料構造といったDeFi由来のフレームを当てはめる解説が散見されるが、これはプロジェクトの実態と噛み合わない。AxieはSky Mavisが開発するNFTバトル・育成ゲームであり、価値の源泉はゲーム内経済とプレイヤー行動にある。AMM(Katana DEX)はRonin上に確かに存在し、プレイヤーが獲得したSLPをRONやUSDCへ交換する出口として機能しているが、これはAxie経済圏の付随物であって主役ではない。
したがってAxieで分析対象になるのは、流動性提供者の収益源ではなく、トークンのシンク(焼却・消費)とソース(発行)のバランス、そしてそのバランスを動かすプレイヤーの行動原理だ。AMMを起点に組み立てた分析は、Axieという経済体の中心構造を外したところで議論を始めてしまう。市場構造を正しく捉えるには、二層トークンの設計思想とその崩壊履歴から入る必要がある。
二層トークン経済の設計と、崩壊の力学
Axieは設計当初からAXSとSLPを役割分担させてきた。AXSは最大供給270百万枚の上限つきガバナンストークンで、ステーキング報酬の受け取り、ガバナンス投票、そしてブリーディング費用の一部として機能する。対するSLPは上限を持たないERC-20ユーティリティトークンで、主にAxieの繁殖(ブリーディング)で消費される。プレイヤーはデイリークエストやアリーナ戦闘でSLPを獲得し、繁殖時にそれを焼却する。
この設計の急所は、SLPに供給上限がない点にある。プレイヤーが繁殖で焼却する量より獲得する量が多ければ、総供給は無制限に膨張する。2021年、フィリピンを中心とする新興国でP2Eが爆発的に普及し、一部プレイヤーが現地最低賃金を上回る収入を得た局面では、新規参入者が繁殖需要(=SLPシンク)を支えていた。だが新規流入が鈍化した瞬間、シンクが細る一方でファーミングによるソースは止まらず、SLPは構造的なハイパーインフレに陥った。約0.40ドルあった価格は、現在0.0009〜0.0010ドル前後と、ピークから99.9%下落した水準にある。
ここで見落としてはならないのは、SLPの崩壊がAXSにも波及した点だ。AXSのブリーディング需要は新規プレイヤーの流入に依存しており、繁殖チェーン全体が縮小すればAXSのシンクも同時に痩せる。AXSが少数ウォレットに集中している構造も価格の不安定性を増幅させた。二層に分けたことでリスクを分散したように見えて、実際には両トークンが同じ「新規ユーザー流入」という単一の燃料を共有していた。これがAxie経済が単一障害点を抱えていた理由だ。
SLPエミッション停止が変えた供給サイドの構造
2026年1月7日、Sky MavisはAxie Infinity OriginsにおけるSLPの新規発行を停止した。これは単なるパラメータ調整ではなく、経済設計の前提を書き換える措置だ。狙いは自動化されたbotファーミングの遮断にあり、取引所の集計では日次SLP産出が30%以上削減された。プレイヤーは引き続きクラフトやモーフィングといった用途でSLPを消費できるため、シンクは残しつつソースを断つ形になっている。
この措置を供給サイドから読むと、新規供給の流入を絞ることでデフレ方向へ舵を切ったことになる。繁殖やクラフトの需要が一定を保てば、インフレ圧力の後退が価格を下支えする方向に働く。ただし同じ時期、流動性の側では逆風が吹いた。2026年5月、BybitがSLPを含む7銘柄をスポット取引から上場廃止した。主要な取引venueを失えば、保有者の換金は難しくなり、約定効率も落ちる。
つまり現在のSLPは「供給収縮」と「流動性枯渇」という相反する力に同時にさらされている。発行停止はトークノミクス上は引き締め要因だが、取引所撤退は市場の厚みを削る。どちらが優勢になるかは、停止後に繁殖・クラフト需要が実際に維持されるか、そして残された取引所でどれだけの板が残るかにかかっており、現時点で結論を出せる材料は揃っていない。投資家心理としては、供給引き締めを好感する買いと、流動性低下を嫌気する売りが拮抗している状態にある。
AXSのシンク設計と、ブリーディング需要が枯れたときの逆回転
AXSの価格を動かす最大の変数は、ブリーディング費用としての焼却需要だ。Axieを繁殖させるたびに一定量のAXSが消費され、その量は両親の繁殖回数に応じて増える。この焼却メカニズムは、新規Axieを生み出したいプレイヤーが存在する限り、継続的なAXS需要を生む。
問題は、この需要が新規プレイヤーの流入と同期している点にある。新しいプレイヤーがAxieチームを揃えるために既存Axieを買い、その需要が繁殖を促し、繁殖がAXSを焼却する。この循環が回っているときAXSのシンクは機能するが、流入が止まれば繁殖需要が消え、焼却も止まり、需要が蒸発する。AXSがユーザー成長に正比例し、停滞時には逆回転するのはこの構造ゆえだ。SLPのハイパーインフレとは異なる経路で、AXSもまた「新規流入依存」という同じ弱点を抱えている。
加えてAXSは供給スケジュール上、全アロケーションがすでにアンロックを完了している。ステーキング報酬枠などはクリフ方式(一定期間後に一括解放)で放出されてきたが、その解放はすでに終わっている。流通供給は約170百万枚で総供給の63%前後に達しており、今後新たな大型アンロックによる供給ショックが起きにくい一方、希少性を演出する将来の解放イベントも残っていない。供給サイドの変数が出尽くした状態で、価格は需要サイド(繁殖需要・ステーキング需要)の回復可否に一段と依存する局面に入っている。
コミュニティトレジャリーとガバナンスの統治構造
Axieの手数料収入は、Axie Marketplaceでの取引(NFT売買に対し4.25%)やブリーディング手数料を通じてCommunity Treasuryに蓄積される。このトレジャリーはAXS建てで約4,000万ドル規模とされ、AXS保有者のガバナンスによって運用される。Sky Mavis自身は直接の販売益ではなく、保有するAXSを通じた経済圏のガバナンス権を主たる収益基盤としている。この「100%プレイヤー所有経済」を掲げる構造は、開発元が在庫を売り抜ける従来型ゲームとは収益モデルが異なる。
ただしこの統治構造には固有のリスクがある。AXSが少数ウォレットに集中していることは、ガバナンス投票における影響力の偏在を意味する。投票無関心(voter apathy)が広がれば、少数の大口保有者が意思決定を左右でき、敵対的なトレジャリー奪取の理論的余地も残る。Sky MavisはプレイヤーのAxie Score(貢献度)に応じてガバナンス影響力を配分する仕組みを導入し、トークン保有量だけでなく実際のプレイ貢献を統治に反映させようとしている。これはトークン集中問題への一つの応答だが、貢献度評価そのものの設計が新たな論点を生む段階にある。
Roninインフラへの軸足移動と、Axieの相対的地位
Axie投資を考えるうえで避けて通れないのが、Sky Mavisの戦略がAxie単体からRoninエコシステム全体へ移っている事実だ。RoninはもともとEthereumのガス代がゲーム内取引のコストを上回る問題を回避するため、2021年にAxieを移すべく構築されたEVM互換チェーンだった。それが2025年2月にパーミッションレス化され、第三者開発者に開放された。背景には、ピーク時に200万を超えたRoninの日次アクティブユーザーがその後大きく落ち込み、許可制の維持コストが有望な開発者の取りこぼしを生んでいたという判断がある。
さらにSky Mavisは、RoninをEthereumアラインのL2へ移行させる「Homecoming」構想を打ち出している。Ethereum自体のスケーリングが進み、独自L1を維持する必然性が薄れたという認識が根底にある。この移行が進むほど、Axieは「Roninを生んだ存在」ではあっても「Roninの唯一の主役」ではなくなる。実際、Axieはエコシステムの経済的アンカー、いわばblue chip的な位置づけへと役割が変わりつつある。AXSを買うことがAxieへの投資なのか、Roninインフラへの投資なのか──この問いの答えが曖昧になっていること自体が、現在のAXSの評価を難しくしている。
Roninブリッジ6.25億ドル流出事件と、再構築されたセキュリティ前提
Roninを語るうえで、2022年3月のブリッジ攻撃は外せない。攻撃者は9個のバリデーター鍵のうち5個を掌握し、Ronin Bridgeから6億2,500万ドル相当を流出させた。ステーブルコイン時代のゲーミング領域では最大級のインシデントであり、これがその後のRonin運営のあり方を規定した。具体的にはバリデーターセットの拡大、Ronin Bridge V2の再構築、そしてAxie一本足からの多ゲーム化への転換である。
投資家のカウンターパーティリスク評価という観点では、この事件は過去の傷である以上に、現在も残る攻撃面の存在を示している。クロスチェーンブリッジは歴史的に最も攻撃を受けてきたレイヤーであり、V2の制御が入った今もブリッジは非自明なリスク面として残る。Ronin上の非ゲームトークンの流動性が汎用チェーンより薄く、深い流動性を求めるユーザーがEthereumやBase、Arbitrumへブリッジする傾向があることも、この攻撃面の利用頻度を下げきれない一因だ。AXSやSLPを保有・移動させる際、このブリッジリスクは価格変動リスクとは別建てで認識しておく必要がある。
Ronin内での主役交代──PixelsがDAOで示した競合構造
Axieの競合を考えるとき、IlluviumやThe Sandboxといった外部GameFiとの比較に目が向きがちだが、より示唆的なのは同じRoninチェーン内で起きた地位逆転だ。農業系ソーシャルMMOのPixelsはRoninへ移行後、日次アクティブユーザーで継続的にチャート首位を占め、直近30日のユニークアクティブウォレットで30万超を記録した。対するAxieは20万未満にとどまる。自らが生んだチェーンのフラッグシップですら、Axieはもはや独占できていない。
ただしPixels側も盤石ではない。トランザクションやアクティブウォレットは2024年4月をピークに調整局面に入っており、Axieがたどった曲線を後追いする兆候がある。Ronin全体としてはユニークアクティブウォレットが2024年に207万と2021年の3倍に達したものの、ゲーミングトークンとNFT価格の下落により、取引額はAxie主導だった2021年ピークには遠く及ばない。この「ユーザー数は回復しても金額は戻らない」という乖離が、Ronin経済圏全体の現状を端的に表している。Axieにとっての競合とは、外部の新興プロジェクトである以前に、同じチェーンを共有する隣人だった。
P2EからP2Oへ──GameFi業界全体の構造変化のなかで
Axieの再建を業界文脈に置くと、別の力学が見えてくる。GameFiセクターは2025年に75%規模の縮小を経験し、累計約150億ドルが投じられた末に9割超のプロジェクトが失敗、300以上のブロックチェーンゲームが閉鎖したとの分析がある。多くがAxieのP2Eモデルを模倣してトークンと経済圏を立ち上げたが、ゲームとしての面白さで離脱を防げず、新規流入が鈍った瞬間に崩壊した。Axieが直面した単一障害点を、業界全体が再現したことになる。
この反省から台頭しているのがP2O(Play-to-Own)と呼ばれる設計思想だ。無料プレイモードや代替可能トークンを通じて参入障壁を下げ、プレイヤーが「稼ぐため」ではなく「遊ぶため」「所有するため」に参加する構造を志向する。Axie自身もOrigins以降、ルーンやチャームといった消費型アイテムをSLPで生成・消滅させる仕組みを導入し、シーズンごとにリフレッシュさせることで通貨の保持と消費を促し、P2Eからプレイ・アンド・アーンへの移行を図ってきた。資金流入の側では、かつてGameFiに向かった資本がAI、RWA(実物資産)、L2インフラへ移っており、この資金ローテーションがAxieを含むGameFi銘柄の評価倍率を構造的に押し下げている。
2026年再建策の実像──bAXS、Axie Score、Atia’s Legacy
2026年のAxieは、トークノミクス刷新の核として複数の施策を同時並行で走らせている。bAXSトークンの導入はプレイヤーインセンティブの再配線を狙うもので、Axie Scoreシステムと組み合わせ、トークン保有量ではなくプレイ貢献度にガバナンス影響力を結びつける設計になっている。これは投機的トークノミクスからユーザー駆動型への移行という、業界全体が模索する方向性をAxieが自ら試している格好だ。
ゲーム側ではAtia’s Legacyというマルチプレイヤーオンライン体験がQ2ベータを目標に開発されており、SLPの新たな需要源(ユーティリティ)を生めるかが焦点になる。市場はこの再建策に対し、90日リテンション率やbAXSの焼却・発行比率といった指標で実効性を測り始めている。共同創業者のJeffrey Zirlinが2026年に「大きな賭け」を掲げたこともあり、1月のエミッション停止・bAXSローンチ・Atia’s Legacyベータという三つの構造的カタリストの収束が、出来高急増という形で市場の関心を集めた。
これらをどう評価するかは、Axieを成長株ではなく再建(ターンアラウンド)案件として見るかどうかで分かれる。利用者がAxieを選ぶ理由が「稼げるから」から「遊んで所有できるから」へ実際に移行し、bAXS需要が売り圧を上回り、トレジャリーが利回りを生む循環が成立すれば、フランチャイズとしての再評価の道筋は描ける。ただしAtia’s Legacyは既存の確立されたMMOと競合しなければならず、実行リスクは小さくない。これらの施策が機能するか否かは、今後のリテンションとオンチェーン指標が答えを出す領域であり、現時点で断定できる段階にはない。