The Graphを巡る議論は、2026年に入ってから一点に収束している。四半期クエリ数が過去最高を更新し続ける一方で、GRTの価格はほぼ史上最安値圏に張り付いているという事実だ。ネットワークの稼働量とトークン価格が同じ方向を向かなくなった。この乖離がなぜ起きているのか、そして乖離が将来どちらに収束しうるのかを理解しない限り、GRTへのエクスポージャーは判断できない。本稿はDEXやAMMの文脈ではなく、ブロックチェーンデータのインデックス・クエリプロトコルとしてのThe Graphを、暗号資産投資家の視点で分解する。
クエリ需要が伸びてもGRT価格が動かない理由
まず数字を押さえる。2025年Q4時点でアクティブサブグラフは15,539、四半期クエリ数は116億に達した。チェーン別ではBaseが12.3億クエリで首位、Arbitrumは前四半期比31%増という伸びを示している。委任者(Delegator)は16万7,000人超、キュレーター(Curator)は7,200人超。ネットワークの利用実態そのものは縮小していない。
それでもGRTは2026年2月に$0.0228という史上最安値を記録し、2021年2月の最高値$2.88から約99%下落した水準で推移している。使用量の指標が最高値圏にあり、トークン価格が最安値圏にある。この二枚の絵が同時に成立しているのが2026年のThe Graphの最大の特徴だ。
乖離の核心は供給構造にある。循環供給量は約107億GRT。仮に1GRT=$1に戻すには時価総額で107億ドルが必要になり、これは2021年のDeFiバブル絶頂期につけた最高値の時価総額に匹敵する。つまり大量の循環供給が価格の天井として機能しており、ネットワーク使用量がいくら伸びても、それが価格に翻訳されるまでの「倍率」が極端に低い。クエリ数が積み上がっても、トークンの希少性が増す経路が現状ほとんど存在しないことが、この乖離を生んでいる。
インデックス報酬とクエリ手数料──real yieldがまだ立っていない構造
The Graphの収益は二系統に分かれる。一つは発行(issuance)由来のインデックス報酬、もう一つはデータ消費者が支払うクエリ手数料だ。前者は年率3%の新規発行を原資とするインフレ報酬であり、後者がいわゆる実需(real yield)にあたる。
問題はこの比率にある。Messariのデータでは、2025年Q2のサブグラフ由来の総収益は12万8,862ドルにとどまった。前四半期比6.4%増とはいえ、絶対額は小さい。一方で年率3%の発行は循環供給107億GRTに対して毎年積み上がる。クエリ手数料がインデックス報酬の原資である発行量を上回って初めて、トークンは構造的な買い圧に転じる。その逆転はまだ起きていない。
委任者が受け取る9〜15%程度の利回りも、その大半が発行由来である点を見落とすべきではない。表面利回りが二桁でも、原資がインフレであれば、それはトークン保有者全体から委任者への富の移転に近い。実需クエリ手数料が利回りの主軸に入れ替わらない限り、ステーキング利回りは「インフレを受け取る権利」の域を出ない。投資家がGRTのステーキングを評価する際の分岐点は、利回りの数字ではなく、その利回りの何割がクエリ手数料由来かという構成比にある。
Horizonアップグレードがプロトコルの収益源を作り替える理由
2025年12月11日にメインネット稼働したHorizonは、この発行依存構造を変えるために設計されている。Horizon以前のThe Graphはサブグラフのインデックス一本のプロトコルだった。Horizon以降は、同一の経済インフラ(GRTステーキング、統一決済、共有セキュリティ)の上に、複数の異なるデータサービスを載せられるモジュラー構造になった。
具体的には、リアルタイムデータパイプラインのSubstreams、標準化トークンデータのToken API、DeFi流動性データのTycho、機関向けSQLネイティブデータベースのAmpといったサービスが、それぞれ独立した手数料市場を持つ。サービスごとに手数料が発生し、サービスごとに委任先を選べる。委任税(0.5%)の撤廃や、複数の解除申請を同時に出せる仕様変更も同時に入った。
投資家にとってのHorizonの意味は、機能追加そのものではない。発行に依存しない手数料収益の入口を複数化した点にある。サブグラフ単体ではクエリ手数料が発行を上回る水準に届かなかったが、Substreamsは2025年Q4の収益を押し上げ、Ampのような機関向けサービスは単価が桁違いになりうる。手数料の源泉が一本から複数本に増えることで、発行を上回る手数料総量に到達する確率を上げにいく設計変更だと読むのが正確だ。ただしHorizon稼働は2025年末であり、各サービスの手数料がどの程度積み上がるかの実績はまだ出揃っていない。
AIエージェントと機関投資家という新しい需要源
The Graphが2025年以降に打ち出している需要ナラティブは二つある。AIエージェント向けと機関投資家向けだ。
AIエージェント側の論理はこうだ。エージェントが信頼できる動作をするには構造化データが要る。現状その大半は中央集権的なプロバイダー(検索エンジン、有料API)から供給されており、不透明で誤りも含む。GRTステークノードがインデックスする検証可能な構造化オンチェーンデータは、エージェントが「ArbitrumにおけるAaveの現在のTVLは」と問う際の、構造的にクリーンな参照先になりうる。Edge & Nodeは2025年初頭のGeo Genesisと新データ標準GRC-20でこの方向を具体化した。ただしインフラは揃っていても、エージェント向けのキラーアプリはまだ存在しない。これは需要として確立したものではなく、ポジショニングの段階にある。
機関投資家側はAmpが軸になる。Ampはスマートコントラクトデータへの検証可能なアクセスを金融機関に提供するブロックチェーンネイティブのデータベースとして設計されている。DTCCやGrayscaleといった名前が文脈に登場するのは、RWA(現実資産)のトークン化が進むなかで、監査可能で検証可能、コンプライアンス対応のデータインフラへの需要が生じているためだ。機関がThe Graphのプロダクトに価値を見出すかどうかではなく、その価値がGRTにどう還流するかが投資家の論点になる。機関がAmpを使っても、その対価がGRTの手数料・バーンに翻訳される経路が太くならなければ、トークン価格への波及は限定的にとどまる。
28日アンボンディングと委任税が作るステーカーの行動
GRTの需給を読むうえで、ステーカーの行動を縛る二つの仕様を理解しておく必要がある。一つは委任時に課される0.5%の委任税(Horizonで撤廃されたが、撤廃前に委任した分の挙動や制度移行の理解は依然として必要)、もう一つは委任解除後の28日間のアンボンディング期間だ。
委任税は元本から差し引かれて焼却されるため、即座に解除すれば0.5%プラスガス代を失う。回収には半年程度の保有が前提になる。アンボンディング期間中はGRTがロックされ報酬も生まない。この二つが組み合わさることで、委任者は短期回転ができず、長期保有を半ば強制される。
この構造は需給に独特の効果を生む。委任に回ったGRTは機動的に売れない。市場が急落しても、ステークされたトークンは28日の解除待ちの間は売り圧に転化しにくい。一方で、これは流動性の罠でもある。投資家がGRTをステークした瞬間、その資金は乱高下する市場で素早く動かせなくなる。委任利回りの数字だけを見てステークに入ると、価格下落局面で身動きが取れないリスクを抱える。スラッシュ(slashing)の対象が委任者ではなくインデキサーの自己ステークである点は委任者にとって相対的に安全だが、Horizonは将来的な委任者スラッシュの技術的素地も導入しており、これが実際に有効化されるかはガバナンス次第だ。
分散型ネットワークと中央集権マネージドサービスの棲み分け
競合を横並びで比較する前に、The Graphが直面してきた逆風を見ておく必要がある。2024年6月12日にホステッドサービスが正式に廃止され、開発者は分散型ネットワークへの移行を迫られた。この移行はGRTトークンの購入と、無視できない量のエンジニアリングリソースの投入を伴う。
ここに参入障壁が生じる。SubQueryのようなマネージドサービスは、サブグラフのデプロイに100%互換でありながら、GRT購入も分散型ネットワーク特有の運用負担も要らない。ホステッドサービス廃止の際、移行先を求めた多くのビルダーが、分散化の対価を払う代わりにマネージド型へ流れた。SubQueryは自社がThe Graphより高速だと主張し、無料の分散型RPCまで提供して取り込みにかかった。
つまりThe Graphの分散化は、思想的な正しさと引き換えに開発者体験のコストを上げた側面を持つ。投資家が「The Graphはインデックス市場で支配的か」を評価するとき、分散型ネットワーク内での競合(SubsquidやGoldskyなど)との比較だけでなく、そもそも分散化を選ばずマネージド型に流れた需要がどれだけあるかを織り込む必要がある。AaveがThe Graph上で10チェーンにまたがる20のサブグラフを運用し、Uniswapのv2・v3・v4がすべてサブグラフ上に乗っているという既存の使用実態は強固だが、新規開発者の獲得競争では分散化のコストが足かせになる構図が残っている。
ファンダメンタルズとトークン価格の乖離が示す投資家心理
ここまでの各論点を一つの構図に置き直すと、投資家心理の分裂が見えてくる。一方には、サブグラフ数のATH、Substreamsの収益増、16万超の委任者という稼働実績を根拠に「ファンダメンタルズはATH、トークンはATL」の乖離がいずれ上方に収束すると見る層がいる。他方には、107億という供給がある以上、ファンダメンタルズはトークン価値に翻訳されないと見る層がいる。
この分裂は感情論ではなく、収益逆転が起きるかどうかという検証可能な命題に帰着する。手数料収益が発行由来の売り圧を上回って伸びれば、ネットワークにかかる純経済圧力は反転する。それは時期ではなく変曲点の問題であり、2026年時点でまだ到達していないし、2026年中に到達する保証もない。
GRTを評価する投資家が追うべきは価格チャートではなく、四半期ごとの手数料収益と発行量の比率、Horizon各サービス(Amp、Tycho、Substreams)の手数料実績、機関契約がGRTのバーンや手数料に翻訳された証跡、この三点だ。乖離が上下どちらに収束するかは、これらの数字が逆転点を超えるかどうかにかかっている。稼働量の伸びだけを根拠にした強気も、供給量だけを根拠にした弱気も、この逆転の有無という一点を見ずには成立しない。