2026年7月、USDTを取り巻く環境は「欧州での後退」と「世界決済市場での維持」という二つの流れが同時に走っている。RevolutのUSDT取り扱い終了、時価総額の週間減少、そしてVisaやMastercardが名を連ねる新規ステーブルコインOpen USDの登場は、一見するとUSDT衰退の兆候に見える。しかし各事象を分解すると、そこにあるのは単純なシェア奪還戦ではなく、地域の規制環境・利用チェーン・収益分配モデルの違いによる市場の分割である。投資家として見るべきは、USDTが「使えなくなる」かどうかではなく、どの市場でどの資産が生き残る構造になっているかだ。
RevolutのUSDT終了は規制適合コストの問題であって信用不安ではない
Revolutは欧州経済領域(EEA)とスイスの顧客に対し、USDTのサポートを段階的に終了する。購入停止が2026年7月6日、入金停止が7月30日、完全な上場廃止が8月31日で、期限後に残った残高は各ユーザーの基準通貨へ自動換金される。この措置は世界中のRevolut利用者が対象ではなく、EEAとスイス以外ではサポートが継続する。
この判断の起点は、Tetherの信用ではなく規制適合コストにある。MiCAの移行期間は2026年7月1日に終了し、それ以降EU向けにサービスを提供する事業者は完全な認可の下でステーブルコイン規則に従う必要がある。RevolutはCySEC経由でMiCA認可を受けたCASP(暗号資産サービスプロバイダー)であり、保有資産リストを規則に合わせて整理している。一方、TetherはMiCA認可を取得していない。同社CEOのPaolo Ardoinoは、準備金の構成や流動性に関する要件が現行の運用モデルと整合しないとの見解を示している。
ここで投資家が区別すべきなのは、「規制当局がUSDTを危険と判断した」という話ではないという点だ。問題は、認可を持たないステーブルコインを扱い続けること自体が、MiCA認可を持つ事業者にとってコンプライアンス上のリスクになる構造にある。Revolutが2017年に暗号資産取引を開始し、2024年にEEA各国へ手数料無料のUSDT/USDCスワップまで拡張していた経緯を踏まえれば、今回の後退は方針転換というより制度への強制的な適応と読むのが妥当だ。なお、EUにもEEAにも属さないスイスが対象に含まれた理由をRevolutは説明しておらず、この点は同社が法的義務を超えたリスク管理判断を行っている可能性を示す論点として残る。

時価総額の週間減少をUSDT離れと読むと市場構造を見誤る
2026年7月上旬、ステーブルコイン市場全体の時価総額は週間で約19億ドル減少した。そのうちUSDTは約7億9,100万ドル減り、市場全体の減少分の約41%を占めた。数字だけを見ればUSDTが下落を主導したように映る。しかしUSDTの時価総額は依然として約1,841億ドル、市場シェアは約59%を維持しており、USDCの時価総額約730億ドルの2倍以上の規模を保っている。
供給量の減少を信用低下と直結させるのは、資金フローの読み方として粗い。時価総額の減少要因には、暗号資産取引量そのものの縮小、投資家のリスク回避によるドル現金化、USDTの償還、市場外への資金移動、そして欧州規制に伴う保有資産の入れ替えが混在する。特に7月はMiCA移行完了と重なるため、欧州経由の資金が規制対応資産へ振り替わる過程で発生した供給減が含まれている。これは需要の消失ではなく、資金の移動先が変わっただけの可能性を含む。
供給量という一つの指標で市場支配力の低下を判断すると、実際の利用実態を取りこぼす。確認すべきは供給量に加えて、オンチェーンの送金額、決済処理額、保有ウォレット数、そしてチェーン別の流通量である。これらが揃って縮小しているのか、それとも供給だけが一時的に減っているのかで、投資家が取るべき解釈は大きく変わる。

USDTとUSDCは奪い合っていない、決済とDeFiで棲み分けている
USDTとUSDCを同一市場のシェア争いとして捉えると、両者の性格を見誤る。2026年上半期、USDTは特定可能な商取引決済で約950億ドルを処理した。対してUSDCの決済額は約140億ドルにとどまる。B2B決済に絞ると差はさらに開き、約480億ドルの取引のうち約92%をUSDTが占めたとされる。実店舗決済や企業間送金という「実際にモノとカネが動く」領域では、USDTが圧倒的だ。
この差は時価総額では説明できず、流通ネットワークの構造から来ている。USDTの主要チェーンの一つであるトロンでは、USDT供給量の約93%が取引所ではなく一般ウォレットに保有されている。取引所に置かれた投機用資金ではなく、個人間送金・国際送金・企業間決済・ドル建て資産の保有といった実需で持たれている比率が高いということだ。トロンは送金手数料が低く処理も速いため、小口かつ高頻度の送金に向く。銀行口座へのアクセスが限られる地域やドルの入手が難しい市場で、USDTが送金手段・価値保存手段として選ばれる理由はここにある。USDTの決済市場での強さは、Tetherのブランドではなくトロン上に積み上がった流動性と利用者ネットワークが支えている。
一方のUSDCは、EthereumやBaseを中心にDeFi、DEX、レンディング、担保取引で使われる。2026年6月のオンチェーン送金量はBase上で約2兆6,000億ドル、Ethereum上で約1兆6,000億ドルに達した。ただしこの数値には同じ資金が繰り返し循環する取引が含まれるため、商取引決済額とそのまま比較はできない。それでもUSDCがオンチェーン金融の流動性として高速に回っている実態は読み取れる。要するにUSDTは決済・国際送金・ドル代替、USDCはDeFi・取引・オンチェーン金融という異なるレイヤーで機能しており、完全な代替関係にはない。

同じ設計思想が規制での弱さと決済での強さを同時に生んでいる
USDTの強みと弱みは別々の要因ではなく、単一の戦略から派生している。Tetherは規制に完全準拠した金融商品として展開するより、幅広い地域で流通しやすい設計を優先してきた。準備金の保管場所や監査、償還制度に厳格な条件を課すEUのような市場では、この設計が適合性の問題として表面化する。逆に、資本規制が厳しい国や銀行インフラが弱い地域では、規制の隙間を縫って流通できる同じ性質が実用性として機能する。
USDCを発行するCircleはMiCA認可を取得済みで、規制対応を軸に欧州や米国の金融機関へ組み込まれやすい設計を選んだ。Circleは規制市場との接続を、Tetherはグローバルな流通網を優先した。この戦略の分岐が、そのまま利用地域と用途の違いとして現れている。投資家心理の面では、規制ヘッドラインが出るたびにUSDT全体の危機と受け取られやすいが、実際には規制市場でのシェアと新興国決済でのシェアは別々の力学で動いており、片方の後退がもう片方に波及するとは限らない。

Open USDが狙うのはシェアではなく準備金収益の再分配
新規ステーブルコインOpen USD(ティッカーOUSD)は、Open Standardという独立企業が運営し、Visa、Mastercard、Stripe、Coinbase、BlackRock、BNY、Ripple、Google、IBMなど140社以上が支援に名を連ねる。運営主体の取締役会は参加企業で構成され、単一企業が支配しない設計を取る。プロジェクトを率いるのは、Stripeが2024年に買収したステーブルコインインフラ企業BridgeのZach Abramsだ。手数料ゼロ・数量上限なしで発行・償還できる点を打ち出し、2026年内の稼働を予定している。
Open USDの核心は流通量の争奪ではなく、収益構造の書き換えにある。USDTやUSDCでは、米国債などの準備資産から生じる利息の大半を発行企業が受け取る。この準備金フロート(reserve float)こそがステーブルコイン事業の最も収益性の高い部分だ。Open USDは、運営手数料を差し引いた準備金収益の大部分を、流通を担う参加企業へ還元する。企業から見れば、既存サービスにOUSDを組み込む経済的インセンティブが最初から用意されている。利用者を一から集めるのではなく、参加企業の既存の決済網へ最初から埋め込む流通戦略だ。実際、OUSD発表を受けてCircle株(CRCL)が一時15%下落したのは、市場がこれをCircleの収益モデルへの直接的な挑戦と受け止めたことを示す。

Open USDがUSDTの牙城を切り崩すには流動性の壁が高い
Open USDが短期間でUSDTのシェアを大きく奪うと見るのは早計だ。USDTには、巨大な流動性、多数の取引所への上場、トロンとEthereum双方での普及、新興国での認知度、OTC市場での利用、そして構築済みの国際送金ネットワークという参入障壁が積み上がっている。ステーブルコインの実用価値は価格が1ドルに連動することだけでなく、どこで使えて、どれだけの流動性があるかで決まる。新規コインが増えても流動性が薄ければ、送金や決済の実需をUSDTから引き剥がすのは難しい。
むしろOpen USDの収益分配モデルは、企業参加を促す一方で流動性の分断を招く要因にもなる。多数の企業がそれぞれ独自の発行経路や報酬設計を持てば、ステーブルコイン間で流動性が細分化される。利用者側には取引ペアの分散、ブリッジ利用の増加、スワップコストの上昇、発行体ごとの信用リスク、償還経路の複雑化といった負荷がかかる。Open USDはUSDTと真正面から競合するというより、企業が独自ステーブルコインを導入する際の共通インフラとして、B2B決済やフィンテック領域から市場へ入る構図になりやすい。競争の焦点が発行体単体から流通企業へのネットワークへ移りつつあることの表れだ。

米国のGENIUS Act下で発行競争の焦点が収益分配へ移る
米国では、2024年に成立したGENIUS Actが決済用ステーブルコインの連邦規制枠組みを整えた。同法は発行体に準備金の1対1保有、マネーロンダリング対策、発行体破綻時の消費者保護を義務付ける。規制の輪郭が明確になったことで、銀行、決済企業、フィンテック、証券会社、ECプラットフォーム、大手テクノロジー企業が独自ステーブルコインや共通発行基盤へ参入しやすくなった。Mastercardがステーブルコイン企業BVNKを最大18億ドルで買収した動きは、決済網が自らトークン化決済の一角を握りにいく姿勢を示している。
この環境で競争の軸は発行量そのものではなくなる。準備金収益を誰が受け取るか、どの決済網で使えるか、規制にどこまで対応しているかが差別化要因になる。従来はUSDTとUSDCが準備資産を管理する発行体として利益を独占してきたが、Open USDのようなモデルは決済企業や流通企業にも収益を分配する。今後は最も信頼される単一発行体ではなく、最も多くの企業へ利益を配分できる仕組みが採用を広げる力を持つ。USDTがこの潮流にどう対応するかは、欧州での後退とは別軸で見るべき論点だ。

Trezorのステーブルコイン利回り機能が示す「利便性と分散性は別」という現実
ハードウェアウォレットのTrezorは、管理アプリTrezor SuiteにUSDTとUSDCの利回り運用機能を追加した。ユーザーは外部のDeFiサイトを開かず、Trezor Suite内からステーブルコインを預け入れられる。運用先はEthereum上のレンディングプロトコルMorphoで、主にSteakhouse Financialが管理するUSDT PrimeとUSDC Primeのボールトが提供される。利回りの原資は新規トークンの配布ではなく、Morpho上でステーブルコインを借りる利用者が支払う金利だ。預け手が資金を出し、借り手が利息を払い、その利息が貸し手へ回るという構造で、外部サイトへの接続や複雑な署名を減らしている。
ただし、この統合が消すのはフィッシングサイトや不正なブラウザ拡張機能への接続リスクであって、DeFi運用そのもののリスクではない。スマートコントラクトの脆弱性、ステーブルコインのデペッグ、流動性不足、担保資産の急落、ボールト管理者への依存、発行体の信用リスクは残り続ける。ハードウェアウォレットが守るのは秘密鍵と署名手続きであり、預け先プロトコルの安全性まで保証するものではない。表示された年利だけで判断すると、統合による利便性を安全性と混同する。

ステーブルコイン利回りの評価は発行体の中央集権性まで含めて見る
USDTやUSDCを使ったDeFi運用には、分散型プロトコルを使っていても中央集権的な発行体への依存が残る。USDTはTether、USDCはCircleが発行し、必要に応じて特定アドレスの凍結ができる。実際、TetherはOFAC(米財務省外国資産管理室)の制裁拡大を受け、ISIS-K関連としてトロン上の131アドレスの取引を停止した事例がある。プロトコル層が分散していても、預け入れる資産そのものが凍結可能な中央集権資産であれば、システム全体を完全な分散型とは呼びにくい。
投資家がステーブルコイン利回りを評価する際は、表面上の年利ではなく依存関係の連鎖を見る必要がある。ステーブルコイン発行体、準備資産の管理先、レンディングプロトコル、ボールト管理者、価格を供給するオラクル、そして利用するブロックチェーンのそれぞれがリスク源だ。利回りは無から生まれるのではなく、これらのいずれかのリスクを引き受けた対価として発生している。年利の高さは、引き受けているリスクの大きさの裏返しでもある。

投資家が追うべきは供給量ではなく、地域別の資金経路の分岐
ここまでの事象を並べると、ステーブルコイン市場は単一の時価総額競争ではなく、複数の力学が地域ごとに分岐する構造へ移っている。欧州市場ではMiCA適合が流動性や利用者数より優先され、市場規模の小さいステーブルコインでも規制対応さえしていれば取引所や金融サービスに採用される。逆に新興国や国際送金市場では、認可の有無より「どこで受け取れるか、すぐ換金できるか、手数料が安いか」が優先され、この領域ではUSDTのネットワーク効果が効く。
競争のもう一つの軸は、利益の受け手が発行体から流通企業へ移りつつある点だ。準備金収益を発行体が独占する従来モデルに対し、Open USDのように参加企業へ還元する設計が現れたことで、採用を左右するのは信頼だけでなく利益分配の広さになった。投資家として追うべき指標は、USDTの供給量の増減という一枚の数字ではなく、チェーン別の実送金額、規制地域ごとの取り扱い可否、B2B決済でのシェア、そして新規発行モデルの流動性の厚みだ。USDTは欧州の規制市場で後退しながら、世界の決済・国際送金では最大のネットワークを保つという、二つの異なる現実を同時に生きている。この二重性を一つの物語に押し込めた瞬間に、判断を誤ることになる。
