SWIFTは2026年7月9日、ブロックチェーンを活用した共有台帳(Shared Ledger)が初期利用の段階に入ったと発表した。ANZ、BNPパリバ、BNY、シティ、DBS、ファースト・アブダビ銀行、FirstRand、HSBC、イタウ・ウニバンコ、ロイズ、マシュリク、三菱UFJ銀行(MUFG)、OCBC、スタンダードチャータード、UBS、UOB、ウェルズ・ファーゴの17行が、トークン化預金を利用したクロスボーダー送金のライブ実証(パイロット)へ進む。6大陸にまたがる顔ぶれとなっている。
今回の発表で変わるのは、「銀行がブロックチェーンを採用するか」という議論ではない。すでに世界最大級の銀行メッセージングネットワークが、既存の決済インフラを維持しながら分散型台帳を組み込む段階へ移行した点にある。SWIFTは最終決済(final settlement)を従来の決済レールで行う設計を維持しており、共有台帳はその手前で資金を動かすオーケストレーションレイヤーとして位置付けられている。
投資家が見るべきは暗号資産そのものではなく、国際送金市場の資金移動インフラがどう変化するのかという市場構造である。
SWIFTが共有台帳を稼働させる背景──送金インフラが抱えてきた構造的な制約
国際送金はここ数年で大幅に高速化している。SWIFT自身、既存ネットワーク上の送金の75%が10分以内、多くは数秒で受取銀行へ到達すると説明している。それでも多くの銀行では、営業時間や営業日に依存する業務が残る。送金メッセージ自体は数秒から数分で到達しても、その後の資金管理や流動性管理は銀行の営業体制に左右されるケースが少なくない。
一方で、ステーブルコイン発行体はすでに営業時間外でも決済が完結する送金を提供している。この点が銀行にとっての競争圧力となってきた。銀行側は規制・コンプライアンス・リスク管理の枠組みを理由に、こうした無許可型のレールではなく、銀行が発行主体となるトークン化預金を選好してきた。
SWIFTが共有台帳を導入する狙いは、この時間的なギャップを埋めることにある。銀行が保有する預金をトークン化することで、既存の法規制や銀行監督の枠組みを維持したまま、夜間・週末を含む24時間の資金移動へ対応できる設計となっている。
17行が参加するライブ実証の中身
今回のパイロットでは、参加銀行が自行の台帳上で発行したトークン化預金をSWIFTの共有台帳へ接続する。
ここで押さえておくべきは、SWIFT自身が預金を発行するわけではない点である。各銀行が発行主体となり、SWIFTの共有台帳がその銀行間の移動を調整(オーケストレーション)する構造になっている。トークン化預金は、規制下の銀行が発行し、預金と1対1で裏付けられた銀行マネーのデジタル表現であり、この意味で従来型の暗号資産とは性質が異なる。
参加行は北米(BNY、シティ、ウェルズ・ファーゴ)、欧州(BNPパリバ、HSBC、ロイズ、スタンダードチャータード、UBS)、アジア太平洋(ANZ、DBS、MUFG、OCBC、UOB)、中東(ファースト・アブダビ銀行、マシュリク)、南米(イタウ・ウニバンコ)、アフリカ(FirstRand)と、主要な取引銀行フランチャイズを地域横断的にカバーしている。
各国のトランザクションバンキング大手が同じ基盤上で運用できれば、一部地域に限られない多国間ネットワークとして機能する余地が生まれる。ただしSWIFTは、17行を超える拡大の時期や一般提供(GA)の日付を明示していない。現時点はあくまで初期利用であり、本格展開ではない。
SWIFTは何を変え、何を変えないのか
今回の発表で誤解されやすいのが、「SWIFTが全面的にブロックチェーンへ移行する」という見方である。
実際には、SWIFTのメッセージングネットワークや銀行のコンプライアンス体制は従来通り維持される。変わるのは、送金で利用する資産の管理方法である。本人確認、AML、制裁チェック、リスク管理、銀行間の認証といった仕組みは現行のまま継続し、資産だけをトークン化して扱う。
SWIFTのチーフ・ビジネス・オフィサーであるThierry Chilosi氏は、この台帳が「既存金融の信頼と安定性をデジタルマネーの領域へ拡張する」ものだと述べている。既存金融を置き換える発想ではなく、銀行システムへブロックチェーンを組み込むアプローチといえる。
技術スタック──Hyperledger Besu、Linea、そして許可制ネットワーク
今回の共有台帳は、SWIFTが2025年9月のSibos(フランクフルト)で発表し、ConsenSysがプロトタイプを担った構想を、約9か月で実装したものである。
技術基盤はEVM互換のHyperledger Besuを採用し、ConsenSysのイーサリアムL2「Linea」で用いられるアーキテクチャを土台にしている。ただし重要なのは、SWIFTがパブリックなLineaを稼働させているわけではない点である。ネットワークは完全な許可制(permissioned)で、誰が取引できるかは銀行コンソーシアムが管理する。この閉じた構造は、独立したバリデータに分散するパブリックチェーンとは設計思想が異なる。
SWIFT幹部がこれまでパブリックネットワークのバリデータ信頼性に疑問を呈してきた経緯を踏まえると、許可制の採用は同社の一貫した立場に沿ったものといえる。
ISO20022とトークン化預金が結び付くことで変わる市場構造
SWIFTは2025年11月にISO20022への移行を完了しており、金融機関間の送金指図はこの標準での送受信が必須となった。今回の共有台帳は、このデータ基盤を前提として設計されている。
ISO20022では従来より多くの取引情報を標準フォーマットで扱えるため、トークン化預金、デジタル証券、ステーブルコイン、CBDCといった異なる資産を共通の様式で管理しやすくなる。コンプライアンスやリスクのデータもISO20022メッセージに載せて台帳のフローに流すことができる。
この標準化により、複数のブロックチェーンや銀行システム間で情報をやり取りする際の変換コストを小さくできる。SWIFTが共有台帳を採用した背景には、この標準化の進展がある。
XRP・USDC・トークン化預金はどのような競争関係になるのか
今回のニュースではXRPとの関係も話題になった。XRPはRippleのオンデマンド流動性(ODL)でブリッジ資産として利用される設計であり、一部の決済ルートでは流動性供給手段として機能してきた。国際送金を安く速く処理する用途で価値提案を築いてきた点で、SWIFTの動きは直接の競合圧力になり得る。
ただし、SWIFTの台帳はXRPを標準資産として採用していない。仕組み上、トークン化した銀行預金で送金が完結するため、アーキテクチャ上XRPのようなブリッジ資産を必須としない設計になっている。同様に、USDCなどステーブルコインを含む他の規制下デジタルマネーとの接続も、SWIFTのより広い相互運用戦略の中で検討されている。
つまり競争軸は「どの暗号資産が採用されるか」ではなく、「どの資産・どのネットワークが最も効率よく流動性を供給できるか」へ移りつつある。資産ごとの役割は、今後の実際の決済量によって評価されることになる。
Chainlinkなど相互運用レイヤーの役割
デジタル資産市場では、一つのブロックチェーンだけで金融インフラを構築する考え方は現実的ではなくなっている。銀行ごとに採用するチェーンは異なり、イーサリアム、Hyperledger系、各種プライベートチェーン、複数のL1が並行して利用される。このため、異なるチェーン間で情報と資産を接続する相互運用レイヤーが必要になる。
今回の構成では、Chainlinkのクロスチェーン相互運用プロトコル(CCIP)が相互運用レイヤーとして位置付けられている。CCIPは現時点で約70のパブリック・プライベートネットワークを接続しており、SWIFTとChainlinkは2023年以降、SWIFTメッセージをトリガーにトークン化資産をチェーン間で移動させる実証を重ねてきた。UBS、BNY、BNPパリバ、シティ、ANZ、ロイズなどが初期の取り組みに参加している。
SWIFTの取り組みと銀行独自ネットワークとの違い
銀行業界ではSWIFTだけでなく、米大手行がThe Clearing Houseを通じたトークン化預金ネットワークを2027年前半の稼働目標で構築している。2026年6月にJPモルガン、シティ、バンク・オブ・アメリカ、ウェルズ・ファーゴなど十数行が発表したもので、こちらは国内決済に軸足を置く。
注目すべきは、シティ、BNY、ウェルズ・ファーゴなど一部の米銀がThe Clearing House側とSWIFTのパイロット双方に名を連ねている点である。これは両システムが競合というより共存を前提としていることを示している。SWIFTの構造的な強みは到達範囲にあり、200超の国・地域で11,500を超える金融機関を接続し、そのネットワーク上では2〜3日ごとに世界のGDPに相当する価値が動いている。
従来のように「銀行」と「暗号資産」が別々の市場として発展する構図ではなく、既存金融インフラとブロックチェーンを接続する方向で、インフラ間の競争が始まっている。
投資家が見るべきは「採用発表」ではなく実際の決済フロー
金融インフラでは、技術採用よりも実際にどれだけ利用されたかが評価基準になる。SWIFTの11,500超の接続機関に対し、17行のパイロットはネットワークのごく一部にすぎない。パブリックなステーブルコインレールはすでに銀行コンソーシアムを介さず24時間稼働しており、こうした対抗レールはSWIFTのタイムラインを待っていない。
そのため投資家は、パイロットから商用運用へ移行した件数、実際の送金額、利用銀行数、利用国数、流動性供給に使われた資産といった指標を継続的に確認する必要がある。台帳の近い将来のインパクトは、17行のパイロットがどれだけ早く日次の取引量へ転換するかにかかっており、発表そのものでは市場シェアや利用頻度までは判断できない。
デジタル資産市場への影響をどう整理すべきか
今回のSWIFTの発表は、銀行がブロックチェーンを利用すること自体よりも、「銀行預金をデジタル資産として扱う」という方向性が具体化した点に意味がある。SWIFTはこの台帳を、プログラマブルマネーやAI主導の「エージェント型コマース(agentic commerce)」といった次世代アプリケーションの基盤としても位置付けている。
CBDCについては、主要経済圏でホールセール型を本格稼働させた例が2026年7月時点でまだない。SWIFTは共有台帳をCBDCと競合するものではなく、将来CBDCが利用可能になった際にそのフローを支え得るアーキテクチャとして整理している。トークン化預金モデルは、中央銀行デジタル通貨レイヤーの登場を待たず、既存の規制・通貨の枠組みの中で「今」機能するよう設計されている。
市場では個別銘柄の採用可否に関心が集まりやすい。しかし金融インフラ全体を見ると、競争は単一のデジタル資産ではなく、「どのネットワークが最も多くの金融機関と接続し、継続的な決済フローを獲得するか」という段階へ移行しつつある。
